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泉谷しげる「役者になったキッカケ」は向田邦子の『お前やれ』発言

SmartFLASH

 

 シンガーソングライターの泉谷しげるが、10月6日放送の『ピーター&ミッツの煮るなり焼くなり』(BSジャパン)に出演。フォークシンガーとして活動していた泉谷が俳優業へと進出するきっかけについて語った。

 

「当時フォーク界から “暗黙の総スカン” をされて、全然売れなくなっちゃった。(昔やってた)漫画家にでも戻ろうとしたところ、役者のオファーがあった」

 

 オファーされた作品は、1979年のテレビドラマ『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』(テレビ朝日系)。もちろん誘拐犯・小原保役だ。このドラマは犯人を主役にしたもので、名だたる俳優たちが役を嫌がったため、泉谷に回ってきたのだという。

 

「登場人物もぜんぶ実名。しかも『実際に事件があった現場でやれ』ってめちゃくちゃなのよ。そりゃやらねえわな、普通」

 

 そんななか、プロデューサーに頼まれて脚本家の向田邦子と会うことに。泉谷はそのときのことをこう振り返る。

 

「『おまえの歌はな、よくわかんねえけど』といきなり言われて。そしたら『顔がいい。横顔がよかった。お前、出ろ』こうゆう言い方するんだよ? しかも指差して『お前やれ』って」

 

 さすがの泉谷も面食らったが、同時に「かっこいいなこの人」と思い、「キュンときて、言うこと聞いちゃお」となった。さらに泉谷は「あんなかっこいい人は見たことがない」と向田を絶賛していた。

 

 ドラマは視聴率もよく、泉谷は安心したというのだが……。

 

「打ち上げで向田さんに、『お前には負けた! この1本でいい! あとは死ね!』って言われましたからね(笑)」

 

 実際には向田の言葉通りにはならず、演技が評判となった泉谷はその後もドラマや映画に出演。今ではバラエティ番組やコメンテーターとしてもすっかりお馴染みに。

 

 残念ながら、俳優・泉谷しげるを生み出した張本人である向田は、1981年、飛行機事故で亡くなっている。当時のエピソードを語り続けることが、ピンチを救ってくれた向田に対する、泉谷なりの恩返しなのだろう。 

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