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23歳の工藤公康が奇跡に向かって放ったサヨナラ打【1986年10月23日】

週刊ベースボールONLINE


「宙に浮いたみたい」と語った工藤。確かに両足とも浮いている……

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は10月23日だ。

 1986年、史上初めて8戦目に突入した西武─広島の日本シリーズ。今回は、その分岐点となった10月23日の第5戦だ。

 主役は、22日にCS突破を決め、ヤフオクドームの空を舞ったソフトバンクの指揮官・工藤公康である。当時23歳だから、長男でタレントの工藤阿須加さんより3歳も若かったころだ。

 同年、工藤はプロ入り初の2ケタ11勝。このシリーズでは2戦目に先発し、7回2失点ながら負け投手となっていた。

 西武は初戦、延長14回2対2の引き分けの後、まさかの3連敗。本拠地・西武球場での第5戦目は、“負けたら終わり”の崖っぷちだった。1戦目と同じく、西武・東尾修、広島・北別府学の両エースの先発で始まり、当然のように投手戦となる。

 先制は西武だった。3回、石毛宏典のタイムリーによる1点。それでも広島は7回、二死二塁から長嶋清幸が三盗。これが捕手・伊東勤の悪送球を誘い、そのまま長嶋が生還し、同点となった。

 試合はそのまま延長戦となり、西武は10回からマウンドに左腕・工藤を送る。ドラマは延長12回裏に起きた。

 力投を続けてきた北別府の制球が乱れ、辻発彦に四球。送りバントで二塁に進んだ後、広島の二塁手・木下富雄が隠し球を仕掛けるも見破られる一幕もあった。

 一死で打席に入っていたのは工藤だ。ここで阿南準郎監督は万全を期して、抑えの切り札・津田恒美をマウンドに送った。

 ただ、DH制もあって自分のバットすら持っていなかった工藤が打つとは、誰も思っていなかったはずだ。それが1ボールからの2球目、工藤のバットがとらえた球が右翼線へのサヨナラヒットとなる。

「塁を回るとき足が宙に浮いたみたいでした。ボールが来たら1、2、3で振ろうと思って、そしたら当たったんですよ」

 先輩からヘルメットをかぶった頭をゴンゴンたたかれて祝福を受けた工藤の顔は、興奮で上気していた。

 ただ、ロッカールームに戻り、工藤はびっくりしたという。

「あんなに喜んでいたのに、みんなすげえ暗いんですよ、どうしてかと思ったら、なんで広島まで行って、胴上げ見なきゃいけないんだって」

 この時点でも1勝3敗1分。次の試合の舞台、広島市民に向かう荷造りをしながら、我に返ったということだろう。西武のつわものたちをして、まだ“大逆転”の確信はなかった。

写真=BBM

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