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内村航平、哲学を貫き鉄棒に専念。オリジナル技「ウチムラ」の可能性。

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昨年4月の全日本選手権では両肩痛の影響から予選敗退した内村。得意の鉄棒に絞って心身の充実をはかり、東京五輪出場を目指す。 (photograph by Yohei Osada/AFLO SPORT)

 体操史上最高のオールラウンダーである内村航平(リンガーハット)が、種目別の鉄棒に絞って東京五輪を目指すことを明らかにした。

 体操界の顔である“キング”の決断は、米NBCなど世界各国のメディアにも取り上げられ、反響の大きさはさすがだった。

 内村が鉄棒で東京五輪を目指すという選択は、リオデジャネイロ五輪でいずれも金メダルに輝いた団体総合と個人総合での東京五輪出場を断念したという意味を持つ。

 苦渋の決断だったと思う。しかしながら一方では、スペシャリストとして新たな領域に踏み込む彼が、どんなパフォーマンスを見せるのかという楽しみが広がっている。

「鉄棒の神様」の異名を持つゾンダーランド。

 オールラウンダーとして栄光を築いてきた内村だが、種目別で見ると、五輪と世界選手権で最も多くのメダルを獲得しているのは鉄棒だ。
 
 2015年世界選手権での金メダルを筆頭に、’14年と’18年に銀メダル、’11年と’13年に銅メダルを獲得している。種目別ではゆかと平行棒でも1つずつ金メダルを手にしているが、メダル獲得はゆかが4度、平行棒が2度。計5個のメダルを持つ鉄棒が最も多い。

 世界を見渡せば、鉄棒の第一人者として君臨しているのがエプケ・ゾンダーランド(オランダ)だ。

 内村より3歳年上の34歳は、ロンドン五輪をはじめ、世界大会でこれまでに鉄棒の金メダル4個を獲得しており、「鉄棒の神様」の異名を持つ。医師免許を持つハイスペックアスリートとしても知られる。
 
 持ち味は、体操界では長身の173cmから繰り出されるダイナミックな離れ技。それを連続で行ってボーナス点を稼ぐのがゾンダーランド流だ。

「カッシーナ+コバチ+コールマン」の衝撃。

 ロンドン五輪で見せた「カッシーナ+コバチ+コールマン」の衝撃は今も語りぐさとなっている。その後は’14年世界選手権まで3連覇。ゾンダーランドが登場すると会場のオレンジ軍団が大騒ぎになるという光景がおなじみだ。
 
 ’15年以降はケガに苦しんでメダルから遠ざかったが、’18年に見事復活。種目別ワールドカップの成績ですでに東京五輪の出場権を個人枠で手にしている。34歳になった今もなお「屈身コバチ+カッシーナ+ゲイロード2」など、いろいろな組み合わせで3連続を行っているチャレンジャーでもある。
 
 内村が最後に手にした世界大会のメダルは、現在のところ’18年にカタール・ドーハで開催された世界選手権の鉄棒銀メダルだ。このときは、ケガから復活したゾンダーランドが’14年以来4年ぶりの金メダルに輝いた。

うらやましさにも似たライバル心。

 振り返れば、ロンドン五輪で個人総合チャンピオンの座に就いた内村が、翌’13年頃からしばしば名前を挙げていたのが「ゾンダーランド」だった。
 
 ベルギー・アントワープで開催された’13年世界選手権ではゾンダーランド人気に圧倒されたと驚いていた。
 
 中国・南寧で行われた’14年世界選手権でゾンダーランドが世界大会3連覇を達成したときは、「エプケは肩が柔らかいんですよね。だから、ちょっとずれたようなときにもすぐに修正ができるのだと思います。それが強みだと思います」と分析し、「それにしてもすごい盛り上がりますよね」と語っていた。

 銀メダルだった内村は、成績以上に会場が沸いたことに対して、うらやましさにも似たライバル心を隠さなかった。

高難度技の習得に精神的な救いを求めた。

 ゾンダーランドの演技は多少の粗さがあるが、とにかくインパクトが強い。そして華やかさがある。

 会場の視線を一身に集め、空気まで変えてしまうのは内村も同じだが、ゾンダーランドが創り出すエンターテインメント感あふれる盛り上がりには、素直に脱帽している様子だったのだ。

 鉄棒といえば、内村はリオ五輪後に襲われたモチベーションの低下を払拭するため、高難度技である「ブレットシュナイダー」の習得に精神的な救いを求めたことがある。

 ブレットシュナイダーとはコバチに2回ひねりを加えた技で、難度はH。’18年のインタビューでは、「最近は面白くないのが常になっている」と苦笑いしながら、こんな悩みを口にしていた。

「ウチムラ」の名のつく技への意欲が芽生えるかも。

「ここまでくると、やる技も今までやってきたことをやるだけ。だからブレットシュナイダーは特例と言うか、新しく取り組んでいる技なので、楽しみは本当にあれぐらいしかないんですよね」

 種目を鉄棒だけに絞ることによって、内村には、自身初となる「ウチムラ」の名のつく技への意欲が芽生えるかもしれない。つり輪や平行棒を行なうときに伴う肩痛の苦しみから解放されることで、練習そのものが楽しく感じられるようになれば、どんな領域にたどり着くのだろうか。

 今年2月には、自身のインスタグラムに、オーストラリアでの合宿でゾンダーランドと会い、一緒に試技会に出たことを報告。2ショット写真を上げ、「とても刺激をもらえた」とコメントしていた。もしかすると今回の決断に何かしらの影響があったのかもしれない。

「周りの人も気持ちよくオリンピックに連れて行きたい」

 NHKのインタビューでは、「(東京五輪に)行くのなら、周りの人も気持ちよくオリンピックに連れて行きたい。そう考えると、6種目をやらなくてはいけないという自分のプライドは、いらないかな」と語っていた。
 
 このコメントで思い出すのが’12年ロンドン五輪の団体総合決勝だ。日本は2種目めの跳馬で山室光史が足を骨折。残り4種目をぎりぎりの4人で演技した日本は、団体総合銀メダルに甘んじた。
 
 それから中1日で行われた男子個人総合決勝。内村は離れ技のコールマンを抜く安全策を採り、演技の難度を示すDスコアを、予選の7.2から6.9に落とした。
 
 脳裏に浮かんでいたのは日体大時代からの盟友である山室の顔。骨折が判明していた山室は、男子個人総合決勝の翌日に日本に帰国することになっていた。

「個人の金より団体の金」と言い続けてきた。

 つねに「個人の金より団体の金」と言い続けてきた内村の根底にあるのは、「その方が喜びが何倍にもなる」という思いだ。仲間のため、周囲のため、プライドを捨ててでも鉄棒に絞ることにした今回の決断も、内村流の哲学としてとらえれば、何ら違和感はない。
 
 東京五輪は団体枠(4人)のほかに、各国・地域に最大2の個人枠が与えられる。日本が個人枠を獲得した場合に、内村は国内の選考会で出場権を争う。
 
 鉄棒にはI難度の「ミヤチ」を持つ宮地秀享もいる。出場権獲得の条件は複雑であり、その道は相変わらず険しいが、情熱を身にまとう内村なら次々と限界を突破していけるのではないか。

「引退を考えたことはあります」。内村は隠さずに言う。「東京五輪だから続けています」。情熱の炎に油を注ぐ日々が再び始まっている。

text by 矢内由美子
「オリンピックPRESS」

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