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1試合で9ポジションを守った超マルチプレーヤー登場?【1974年9月29日】

週刊ベースボールONLINE


本業はキャッチャー。性格はマジメで自分からパフォーマンスを言い出すタイプではない(写真は別試合)

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は9月29日だ。

 かつて公式戦の1試合で、全ポジションに出場した超マルチプレーヤー選手がいた!……と大げさに書きたいところではあるが、残念ながら、劇的な展開というわけではなく、消化試合でのファンサービスとして生まれた珍記録だった。

 1974年9月29日、すでにどっぷりと最下位につかっていた日本ハム。本拠地・後楽園最後の試合は、南海とのダブルヘッダーだった。

 その2試合目のことだ。「三番・一塁」でスタートした高橋博士は、2回に捕手、3回に三塁手、4回に遊撃手、5回に二塁手、6回に左翼手、7回に中堅手、8回に右翼手、最後の9回はマウンドに立って打者1人を抑え、交代。当時は1試合の限定がなくても誰一人達成者がいなかった全ポジションを守った選手となった。球団社長だった伝説の名将・三原脩の発案だったという。

 高橋は南海からの移籍選手で、もともとは捕手だったが、正捕手に野村克也がいたため内野手をしていた経験があり「別にどのポジションでも平気でしたよ」と、のちに淡々と振り返っている。

 今回、その日の記録を見直したが、高橋の壮絶なポジション変更もそうだが、結果的に他のポジションの選手も高橋のために必ず一度変更してから戻るか交代となり、とんでもないスコアブックになっていた。さらに投手も律儀に(?)1イニングずつ交代。最終回が2人だから10人が登板となっていた。選手たちが試合に集中できるはずもなく、日本ハムは0対7のボロ負け。快挙達成にしては、盛り上がらぬ試合となったようだ。

写真=BBM

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