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ジョコビッチ陽性と感染予防の不備。テニス界に突きつけられた難題とは。

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ジョコビッチ熱い思いがベースで始まった大会だったが、感染者が続出。テニスのツアー開催の難しさを今一度痛感する一件に。 (photograph by Getty Images)

 男子テニスの世界ナンバーワン、ノバク・ジョコビッチを含めた複数のトッププレーヤーが新型コロナウイルスに感染したことは、ようやくツアー再開に向けて具体的に動き出したテニス界に大きな衝撃を与えている。

 しかし、実のところこのニュースが出たときのテニス界の反応は「まさか」ではなく「やっぱり」。もっと厳しい言い方をするなら、「ほらみろ」という感じだったかもしれない。

 最初の感染者のニュースが出たのは、日本時間の22日朝方。元世界ランキング3位、2017年のツアーファイナルズ覇者でもあり現在は19位のグリゴール・ディミトロフがその感染者だった。続いて世界ランク33位のボルナ・チョリッチ、元世界12位で現在は184位のビクトル・トロイツキの感染の事実が明らかになった。

 テニスファンなら知らないはずのない名前ばかりだったが、そこにジョコビッチという超大物が加わったからもう大変である。

パンデミック被害者支援ツアーが。

 彼ら全員の共通点は、6月13日に始まったジョコビッチ発案のチャリティー・イベント『アドリア・ツアー』に参戦していたことだ。収益はパンデミック被害者の支援に充てられるというこのツアー、セルビアの首都ベオグラードで開幕し、先週末はクロアチアの港町ザダルへ舞台を移していた。

 そのザダルで、ディミトロフが1試合を戦ったあと体調不良を訴え、感染が判明。それを受けて、選手や関係者が検査を受けた結果、上記の選手以外にも、ディミトロフのコーチ、トロイツキの妻、ジョコビッチの妻とフィットネスコーチなど次々と陽性結果が出たという経緯だ。

ほぼ満員の会場、社会的距離は?

 なぜ、「やっぱり」「ほらみろ」なのか。大会は最低限の予防対策さえとっておらず、オンコートでもオフコートでも選手やその側近の者たちの行動はあまりにも能天気だった。

 開幕戦の舞台だったセルビアの首都ベオグラードには、4000人のファンが詰めかけたそうだ。国民的英雄であるジョコビッチのほか、ドミニク・ティーム、アレクサンダー・ズベレフ、ディミトロフといった、絵になる人気選手を集めたのだから当然で、最初に売り出した1000枚のチケットはわずか7分で完売したという。

 そこでさらに1000枚を追加で販売。これもすぐに売り切れ、そのほか2000枚をスポンサーなどに配ったと報じられていた。

 結局、会場となったアカデミー(ジョコビッチ自身が所有)のセンターコートはほぼ満席となり、そこはソーシャル・ディスタンスなどおかまいなしで、マスク姿などどこにも見られなかった。選手たちは試合後、ネットをはさんで通常通りハグで称え合い、最後は大勢のボランティアスタッフたちもまじえて体が触れ合う距離で集合写真なども撮っている。

パーティー含めて反省のジョコだが。

 さらに、そうした光景以上に目を疑ったのが、試合が終わった日曜夜の盛大なパーティーのようすが映し出された動画だ。人が密集したナイトクラブで、レインボーダンスを踊り、上半身裸になって歌うジョコビッチたちの姿は、少なくとも今の日本のスポーツ界にある意識とは恐ろしいほどの開きがあるように感じたものだ。

「僕たちは健康管理のあらゆる手順を踏んできたはずだし、開催地域の感染状況は落ち着いており、この慈善活動を通じて人々が団結する機会になると思われたが、それは間違っていた。まだ早すぎた」

 ジョコビッチは自身の感染を確認したあと、SNSにそう投稿しているが、残念ながら同情の意見は少数だ。ジョコビッチがクロアチアでの検査を拒否し、セルビアに戻ってから検査を受けたこともなんとも印象が悪い。

 セルビア国内では、このイベントの開催までに1万2000人以上の感染が確認されており、252人が死亡していたという。ヨーロッパの中では極めて少ないが、最近の1日ごとの新たな感染者の数は日本とほぼ同様の70人程度。警戒心の差はお国柄だとしても、「早すぎた」と気付くのがいくらなんでも遅すぎると言われてもしかたがない。

テニスへの情熱、逸る気持ちが災い。

 振り返れば、3月からツアーが停止する中、選手会の会長でもあるジョコビッチのリーダーシップ、政治力は際立っていた。下位選手たちの救済措置を提案し、ツアー再開のかたちについては選手の権利を強く主張してきた。

 ワクチンができた際の接種義務に断固反対し、全米オープンが感染予防のため選手の行動に厳しい制限と義務を設けると、「やりすぎだ」と批判した。そうした流れの中で、自分の主張の正当性を証明するためにあえて対策をとらなかったとさえ思われる無防備さ。テニスを早く本来の姿に戻したいという彼の情熱と行動力が、今回ばかりは災いした。

 本来なら今年はグランドスラムにオリンピックも加えた5つのタイトルを独占する<ゴールデンスラム>も狙えた33歳ジョコビッチのもどかしさ、逸る気持ちが招いた事態ではなかったか。

 もしも感染者を出さず、3週間のツアーをやり遂げていたなら、それはこの8月の公式戦再開に向けた動きに拍車をかけ、関わる人々の背中を強く押したことだろう。しかし結果は真逆で、再始動の難しさと、そこからの道のりの長さを思い知らされることになった。

再開なら国境をまたぐのは不可欠。

 今回のことでジョコビッチたちの向こう見ずなやり方が批判されるのは無理もないが、たとえもう少しまともな危機感をもってそろりそろりとスタートしていたとしても、ひとたびテニスが再開に向かって大胆に動き出し、テニスプレーヤーがテニスプレーヤーとしての日常を取り戻そうと努力し始めれば、次から次へと国境をまたぐ移動を止めることはできない。

 アドリア・ツアーの出場者の多くは開催地域である東南ヨーロッパの選手だったが、実のところディミトロフはブルガリア出身でも住まいの中心はモナコだし、ロシアにルーツのあるズベレフも住んでいるのはドイツとモナコだ。ディミトロフは、これも批判の的だが、体調不良に陥ったあとまずモナコに戻り、それから検査を受けている。

1人の感染が及ぼす影響の大きさ。

 また、ベオグラードでの第1戦で優勝した世界3位のドミニク・ティームは、ザダルでの第2戦には出場せずにフランスへ移動した。アドリア・ツアーと同じく6月13日から南フランスで始まっている別のテニスイベントに出場するためだった。

 このユニークなイベントについてはまた別の機会に触れたいが、そこは観客も入れず、選手や関わるスタッフの間の接触は極力避ける工夫の中で行なっている。ティームは検査で陰性だったというから幸いだったが、テニスにおいて1人の感染が及ぼす影響の大きさははかりしれない。

 彼らの移動が、大陸をまたぐ本来の姿に戻る日は近づくどころか遠のいていくようだ。先週、全米オープンは万全の対策をとった開催を堂々と発表したが、もしかしたらこれで出場を拒否する選手は増えるかもしれない。テニスに向けられる厳しい目の中、今後の動向が気になる。

text by 山口奈緒美
「テニスPRESS」

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