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八村塁、NBAドラフト指名から1年。中断、BLM…濃密すぎる激動の時間。

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チームメイトとデモに参加する八村塁。選手としてだけでなく、人間としても多くの経験をした1年であった。 (photograph by Getty Images)

 日本バスケットボール史上に残るNBAドラフトから、もう1年――。

 ブルックリンのバークレイズセンターでドラフトが開催された2019年6月20日は、現時点までの日本バスケの歴史で最も重要な1日と言えるのかもしれない。

 事前からの期待通り、八村塁が日本人としては初めてとなるドラフト1巡目での指名を受けた。ワシントン・ウィザーズが指名権を持った全体9位で“ルイ・ハチムラ”の名前が呼ばれた瞬間。多くの日本人が陣取ったアリーナが騒然としたのを昨日のことのように思い出すことができる。

「日本という国をドラフトした」

「何とも言えない気持ちです、本当に。初めて(バスケを)やったとき、コーチに『おまえはNBAに行くんだよ』と言われて、それを信じてやってきた。今、ここに立てていることが夢みたいで、信じられないです」

 全体会見でそんな初々しい言葉を残した八村を、大量の日本メディアが取り囲んだ。このシーンに象徴されるように、このドラフトでは日本からの報道陣の数が本当にすごかった。

 過去10年以上もNBAドラフトを現場取材してきたが、例年、日本メディアはせいぜい2、3人。近年は私だけのことも少なくはなかった。しかし、この日はメディアが立ち入りできるエリアのどこを見ても日本人記者がいて、まさに“日本祭り”といえるような大騒ぎになった。

 日本メディアのフィーバーはMLBではたまに起こる現象だが、NBAではもちろん初めて。ある現地記者は「ウィザーズは日本という国をドラフトしたも同然だ」と話していたが、多くのアメリカ人たちはそんな表現も大げさだとは思わなかっただろう。

絶えず笑顔を浮かべていた八村。

 これほどの喧騒の中でも、八村は絶えず笑顔を浮かべ、落ち着き払っていたことが強く印象に残っている。えんじ色に紺の柄のスーツ、青いシャツ、青の蝶ネクタイに日の丸のピンというファッションでアリーナを闊歩した日本のパイオニア。できる限り楽しもうと決意していたかのように、常に明るい表情で多くのイベントをこなしていった。

「お父さんもお母さんも家族みんなすごいサポートしてくれたので、感謝の気持ちを伝えたいなと思います」

 いつもながら口数自体は多くはなかったが、丁寧に家族に感謝を述べる姿を見て、一瞬たりとも逃すまいと殺気立っていた日本メディアも思わず頬を緩めた。

 あんなことはもう二度とないのだろう。今後、NBAの世界に飛び込む日本人選手はまた出てくるかもしれないが、ドラフトで上位指名されるのは容易ではない。たとえすごい素材が上位で指名されたとしても、パイオニアの趣はなくなるだけに、これほどの騒ぎにはならないはずだ。日本の歴史が変わった2019年6月20日は、今後も唯一無二の1日であり続けるはずである。

シーズン中断、我慢の時間。

 あれからもう短くない時間が過ぎて、今では日本バスケ界の歴史だけでなく、世界の歴史も少なからず変わった。

 NBAでの1年目の八村は平均13.4得点、6.0リバウンドと及第点の成績を残していたが、その戦いは突然、ストップを余儀なくされてしまう。3月11日、ユタ・ジャズの選手が新型コロナウイルス検査で陽性反応を示したことが判明し、NBAのシーズンは中断。以降、パンデミックの中でアメリカのスポーツも完全に動きを止め、ウィザーズと八村も我慢の時間を強いられてきた。

チームメイトとデモに参加。

 アメリカを変貌させた要因はコロナだけではない。5月下旬、ミネアポリスで黒人男性が白人警官に殺されたことがきっかけになり、全米各地で人種差別に抗議する大規模なデモが勃発。一部は暴動、略奪にまで発展し、今ではこの件がコロナウイルス以上に大きな話題となっている。

 八村はしばらく公に姿を見せることはなかったが、6月19日、ワシントンDCでウィザーズのチームメイトたちとともにデモに参加した姿が大きく報道された。ドラフト時には、えんじ色に紺の柄のスーツ、青いシャツ、青の蝶ネクタイに日の丸のピンという服装でアリーナを闊歩した日本のパイオニアが、その1年後には仲間たちと“Together We Stand(一緒に立ち上がろう)”と書かれた横断幕を掲げ、“Black lives matter(黒人の命は大切だ)”と記された黒いTシャツでデモ行進している。こういった変化こそ激動の2020年を象徴している。

変わらない、周囲からの期待。

 1年前とはほとんどすべてが変わったように思えるが、今でも変わらないものもある。バスケットボールプレイヤーとしての八村に対する周囲からの期待の大きさだ。ドラフト時から大騒ぎだった母国からだけではなく、八村はアメリカでも将来を嘱望される存在であり続けている。 

 絶望的なパンデミックの中でも、NBAはシーズン再開に向けた話し合いを続けてきた。アダム・シルバー・コミッショナーをはじめとするリーグ幹部の必死の努力もあって、7月31日から無観客リーグが開催されることが内定。世情を考えれば信じられないことにも思えるが、順調にいけば、ウィザーズの選手たちもまもなくコートに戻ってくる。

 再建途上のウィザーズの今季中の上位進出は現実的ではないだけに、エースのブラッドリー・ビールがオーランドでどれだけプレーするかは未知数だ。最初の数試合にチームが敗れたら、スタープレーヤーはそのままお役御免となることも考えられる。そんな中で、今が伸び盛りの八村は多くのプレー時間を手にすることになるのだろう。

「ウィザーズが八村を高く買っているのは、まだ多くの伸びしろを残していると考えているからだ。4カ月半も休んだのだから、オフシーズンをまるまる手にしたのと同じ。彼がどれだけ向上しているか、楽しみにしてみようじゃないか」

 The Athleticのウィザーズ番記者、フレッド・キャッツ氏は6月16日の記事内でそう記していた。その言葉通り、オーランドでの無観客リーグでも、ウィザーズ内ではやはり八村が最大級の注目選手。その点だけは、2019年のドラフト以降、一度も変わらないことであり続けてきた。 

NBAデビュー、中断、デモ……。

 ドラフト指名、NBAデビュー、オールスターのルーキー戦出場、故障離脱、復帰、シーズン中断、社会問題のデモ参加……。2019-20シーズンの中で、八村はバスケットボール選手としてだけでなく、人間としても多くを経験してきた。他の人のほとんど数年分に思えるほどに濃厚な時間だったことは容易に想像できる。

 あの運命のドラフトから始まった1年目のシーズンは、いったいどんな形で終わるのか。これだけ世界が混乱した中で、今後に何が起こるかを想像するのも難しい。はっきりしているのは、2020年が、そしてNBAの2019-20シーズンが、永遠に語り継がれるものになるということ。周囲の私たちにできるのは、これから先も、日本の歴史を変えた男の一挙一動を見つめ続けることだけなのだろう。

text by 杉浦大介
「バスケットボールPRESS」

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