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2日がかりの試合に怒り、後楽園のスタンドでたき火?【1961年9月7日】

週刊ベースボールONLINE


問題のシーン。左の藤尾のタッチを土屋(右)が長嶋を盾にしながら逃げた

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は9月7日だ。

 10月2日発売の『ベースボールマガジン』で、取り壊しから今年で30年を迎えた後楽園球場を特集するが、1961年9月7日は、このプロ野球の聖地が焼き討ちに……、いや、大げさか。たき火事件? があった日だ。

 巨人─国鉄(現ヤクルト)のダブルヘッダー第2試合だった。2対2で迎えた延長11回表二死一、二塁から国鉄の鈴木秀幸が三塁ゴロ。封殺を狙い、巨人のサード・長嶋茂雄が三塁ベースに駆け込むが、俊足の二走・土屋正孝の足が一瞬早くセーフ。ただ、土屋は勢いあまってオーバーランとなり、やむなく、そのままホームへ向かう。

 間を詰めた長嶋が、捕手・藤尾茂に投げた後だった。戻ろうとした土屋と長嶋がぶつかりそうになり、土屋は写真のように長嶋を盾にするようにして藤尾のタッチをかわすと、ホームに滑り込んだ。

 しかし、審判は藤尾がアピールしたタッチを認め、アウトの判定。これが22時1分のことだった。この後、国鉄の砂押邦信監督が抗議し、審判団が協議。「長嶋の走塁妨害」を認め、セーフとした。

 すると今度は巨人が猛抗議。22時25分、一度は了承してベンチに戻ったが、その間、右翼外野席でファン同士のケンカが始まり、騒然となる。座布団やビール瓶が次々、グラウンドに投げ込まれ、スタンドで紙くずに火をつけ、たき火を始めた者もいた。

 巨人側もしつこい。一度はベンチに戻ったが、ふたたび審判団に「土屋は3フィートを超えたからアウトでは」と再抗議する。これでファンはふたたび騒ぎだし、ついには球場の要請で機動隊60人が出動。観客とにらみ合いながらグラウンドで警備する中で、協議は1時間続いた。

 試合は巨人が連盟への提訴の条件に試合再開に応じ、23時53分再開。土屋の生還で国鉄が3対2とリードした試合は、11回裏を金田正一が抑え、深夜0時11分ゲームセット。その後も、ざぶとんやら何やらが次々と投げ込まれ、金田は頭をかかえるようにしてベンチに戻った。

 プロ野球初の2日がかりの試合となったが、すごいのは金田だ。実は、この試合の先発。しめて1時間52分の中断をものともせず完投したことになる。さすが!

写真=BBM

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