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ブラジル代表、GKの系譜。稀代のPKストッパーから新世代の絶対守護神まで…ゴールに鍵をかける番人たち

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ブラジル代表、GKの系譜。稀代のPKストッパーから新世代の絶対守護神まで…ゴールに鍵をかける番人たち

イタリアW杯(1990)〜フランスW杯(1998)

 現在のブラジル代表では、アリソンとエデルソンが超ハイレベルな正守護神争いを繰り広げている。だが、それもここ数年のこと。それまでにもワールドカップ優勝5回を誇るサッカー王国の歴史を作ってきた偉大なGKたちがいた。おなじみのカナリアイエローのユニフォームを着ることはない、ピッチ上でたった1人だけ手を使える特別な役割を担ってきた名手たちの系譜を振り返る。

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タファレル
生年月日:1966年5月8日
個人成績(1990):4試合出場/2失点
個人成績(1994):7試合出場/4失点
個人成績(1998):7試合出場/9失点

 インテルナシオナルで1984年にプロデビューを果たし、ブラジル代表初キャップは1988年に刻んだ。そして1990年のイタリアワールドカップで初めて世界の舞台に立つと、ベスト16に終わったものの4試合に出場して評価を高める。この大会直後にパルマへ移籍して欧州進出を果たし、イタリアでプレーする初のブラジル人GKとなった。

 レッジャーナ時代の1994年に挑んだアメリカワールドカップでは、全7試合でゴールマウスを守ってブラジル代表の優勝に大きく貢献した。特にPK戦までもつれたイタリア代表との決勝では、フランコ・バレージやロベルト・バッジョのミスを誘い、ダニエレ・マッサーロのPKも止めて見せた。ここでタファレルは世界的なPKストッパーとしての評価を確立する。

 1995年のコパ・アメリカ終了後はしばらくブラジル代表から遠ざかったものの、フランスワールドカップの1年前に呼び戻され、自身3度目の大舞台で2大会連続の決勝進出の立役者となる。決勝ではフランス代表に敗れてしまったが、準決勝のオランダ代表戦ではPK戦でフィリップ・コクーとロナルド・デ・ブールのシュートを止め、PKストッパーの健在ぶりを示した。

 ワールドカップでは3大会で計18試合に出場し、2度の決勝進出、アメリカ大会の優勝と約10年にわたって一時代を築いた。ブラジル代表では通算101試合に出場という偉大な成績を残している。そして、現在は同代表でチッチ監督のもと、GKコーチを務めてアリソンやエデルソンらを指導している。

●1994年アメリカW杯決勝・イタリア戦の先発メンバー

▽GK
タファレル

▽DF
ジョルジーニョ
マルシオ・サントス
アウダイール
ブランコ

▽MF
マウロ・シウバ
ドゥンガ
マジーニョ
ジーニョ

▽FW
ベベット
ロマーリオ

日韓W杯(2002)

マルコス
生年月日:1973年8月4日
個人成績:7試合出場/4失点

 1999年からブラジル代表招集を受けるようになるが、前年のフランスワールドカップで控えGKだったジダの後塵を拝し、なかなか出番が回ってこなかった。しかし、2001年になって正GKとして起用されるようになり、日韓ワールドカップの南米予選突破にも貢献。

 そして2002年のワールドカップ本大会でも正GKを任され、決勝まで全7試合に先発出場。決勝でドイツ代表を無得点に抑え、ブラジル代表にとって5度目のワールドカップ優勝に大きく貢献した。それでも大会後は再びジダにポジションを奪われ、メンバー入りしてもほとんど出場機会はなくなってしまう。

 結局、ブラジル代表での最後の出場はコパ・アメリカ2005のグループリーグ第3戦、日本代表戦だった。その年の10月に代表引退を表明。ワールドカップ優勝GKながらブラジル代表での通算出場数は29試合と少なかった。

 クラブレベルでは1992年のプロ入りから現役引退までパルメイラス一筋。1996年頃から徐々に出場機会を増やし、2001年までにブラジル全国選手権1部と2部で通算255試合出場という輝かしいキャリアを築いた。

●2002年日韓W杯決勝・ドイツ戦の先発メンバー

▽GK
マルコス

▽DF
ホッキ・ジュニオール
エジミウソン
ルシオ

▽MF
カフー
ジルベルト・シウバ
クレベルソン
ロベルト・カルロス
リヴァウド
ロナウジーニョ

▽FW
ロナウド

ドイツW杯(2006)

ジダ
生年月日:1973年10月7日
個人成績(1998):0試合出場/0失点
個人成績(2002):0試合出場/0失点
個人成績(2006):5試合出場/2失点

 1993年にヴィトーリアでプロデビューを果たし、1995年に移籍したクルゼイロで頭角を現す。そしてブラジル代表として1998年のフランスワールドカップに参戦するも、タファレルの控えとして決勝まで全ての試合をベンチから見届けることとなった。

 タファレルの代表引退もあってフランスワールドカップ後にブラジル代表のレギュラーポジションを掴んだものの、2000年のミランへの移籍がジダにとって災難に。2シーズンでリーグ戦の出場機会はわずか1試合しか得られず、代表でもワールドカップの1年前に定位置を失ってしまう。2002年に迎えた自身2度目の大舞台ではまたしても控えに甘んじ、母国の優勝にも貢献できなかった。

 それでも古巣コリンチャンスへの期限付き移籍から復帰した2002/03シーズンからはミランで定位置を奪い、2003/04シーズンはセリエA優勝も経験。ブラジル代表でも正守護神に定着し、2006年のドイツワールドカップで、自身3度目の挑戦にしてようやく正GKとして戦うチャンスが巡ってきた。

 ただ、ロナウドやアドリアーノ、ロナウジーニョらタレント揃いのセレソンは期待されたほどの結果は出せなかった。1994年、1998年、2002年と3大会連続でワールドカップ決勝に進んでいたブラジル代表だったが、2006年ドイツ大会は準々決勝でフランス代表に敗れてしまう。

 ジダもこの失望とともに終えた大会の後、ミランの宿敵インテルで台頭したジュリオ・セザールにポジションを奪われ、ブラジル代表での居場所を失った。そしてコパ・アメリカ2007を最後にセレソンでのキャリアは終幕を迎えることとなった。

 2010年にミランを退団した後は、欧州でのキャリア継続を望んでいたものの獲得に乗り出すクラブがなく、チャリティーマッチなどでしか姿を見ることはなかった。結局、2年間ものブランクを挟んでブラジルに復帰。インテルナシオナルでのプレーを最後に2015年限りで現役を引退し、現在は古巣ミランのU-17チームでGKコーチを務めている。

●2006年ドイツW杯準々決勝・フランス戦の先発メンバー

▽GK
ジダ

▽DF
カフー
フアン
ルシオ
ロベルト・カルロス

▽MF
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ
ジウベルト・シウバ
ゼ・ロベルト
カカー

▽FW
ロナウド
ロナウジーニョ

南アフリカW杯(2010)&ブラジルW杯(2014)

ジュリオ・セザール
生年月日:1979年9月3日
個人成績(2006):0試合出場/0失点
個人成績(2010):5試合出場/4失点
個人成績(2014):7試合出場/14失点

 ブラジル代表には2003年から招集されるようになったが、ジダらの厚い壁に阻まれてなかなか継続的な出場機会を得られていなかった。しかし、2005年に欧州進出を果たし、2005/06シーズンからイタリアの名門インテルで定位置を掴むと、ブラジル代表でもドイツワールドカップ後から正守護神に据えられるようになる。

 インテルでは2005/06シーズンからセリエA5連覇に大きく貢献し、ブラジル代表でも不動の地位を築いた。そしてクラブでチャンピオンズリーグとセリエA、コッパ・イタリアの三冠を達成した直後、2010年南アフリカワールドカップに正GKとして出場する。

 ブラジル代表は準々決勝でオランダ代表に敗れてしまったが、決勝トーナメント1回戦のチリ代表戦までわずか2失点に抑え、大会屈指のショットストッパーとしての実力は示した。ところが南アフリカワールドカップ終了後、インテルで徐々にパフォーマンスを落としたこともあってブラジル代表からも遠ざかるようになる。

 2012年夏にはサミール・ハンダノヴィッチ加入にともなってイングランドのQPRへ移籍。同年末に就任したルイス・フェリペ・スコラーリ監督にも信頼されて、ブラジル代表にも復帰することができた。2013/14シーズンはイングランド2部に降格したQPRで定位置を失い、シーズン途中で北米MLSのトロントFCへ期限付き移籍するも、セレソンでの信頼は揺るがず。母国開催の2014年ブラジルワールドカップに正GKとして出場を果たした。

 決勝トーナメント1回戦のチリ代表戦までは順調に勝ち進み、ジュリオ・セザールはその試合のPK戦でマウリシオ・ピニージャとアレクシス・サンチェスのPKを止める活躍を披露。しかし、準々決勝のコロンビア代表戦でネイマールが負傷し、チアゴ・シウバは警告の累積により準決勝が出場停止になってしまった。

 するとブラジル代表は崩壊。準決勝のドイツ代表戦で、“ミネイロンの惨劇”と呼ばれることになる1-7の屈辱的な大敗を喫すると、3位決定戦ではオランダ代表に3ゴールを叩き込まれた。

 ブラジルワールドカップでは7試合に出場して14失点。ジュリオ・セザールは2大会で通算18失点を喫し、これまで3大会に出場したタファレルが持っていたブラジル代表のワールドカップ通算失点記録を「15」から「18」に塗り替えることとなってしまった。

 このワールドカップをもってジュリオ・セザールはブラジル代表引退を表明。大会後からはベンフィカでプレーし、2018年に母国の古巣フラメンゴで現役を引退している。

●2014年ブラジルW杯・ドイツ戦の先発メンバー

▽GK
ジュリオ・セザール

▽DF
マイコン
ダビド・ルイス
ダンチ
マルセロ

▽MF
ルイス・グスタヴォ
フェルナンジーニョ
ベルナルジ
オスカル
フッキ

▽FW
フレッジ

ロシアW杯(2018)

アリソン
生年月日:1992年10月2日
個人成績:5試合出場/3失点

 ブラジルワールドカップ後、インテルナシオナル時代の2015年にブラジル代表から初招集を受けた。当時はマルセロ・グローエやジェフェルソンといった、アリソンと同じ国内組のGKが起用されていたが、初めてのベンチ入りから4試合目で代表初キャップを刻むと、そのまま定位置を掴んだ。

 同世代のエデルソンの台頭も目覚しかったが、超ハイレベルな競争を繰り広げながらレギュラーポジションを死守。2016年のローマ移籍でさらに評価を高め、ロシアワールドカップ開幕の半年前には本大会でのアリソン招集をチッチ監督が明言するほど確固たる信頼を得ていた。

 そして迎えた自身初のワールドカップでは、もちろんレギュラーとして準々決勝のベルギー代表戦まで全ての試合でゴールマウスを守った。ラウンド16のメキシコ代表戦までは、グループリーグ初戦のスイス代表戦での1失点のみと安定感は群を抜き、改めて世界最高の守護神としての評価を確立。

 ロシアワールドカップ後に、GKとしては歴代最高額の移籍金6250万ユーロ(約75億円)でリバプールへ。加入1年目でチャンピオンズリーグ制覇に大きく貢献し、母国開催のコパ・アメリカ2019ではブラジル代表の優勝の立役者となった。

 そのコパ・アメリカで喫した失点は、決勝のペルー代表戦の1つだけ。準決勝のアルゼンチン代表戦ではリオネル・メッシのPKをキャッチするという離れ業も披露し、別格の存在感を放った。エデルソンとの競争は激しいが、しばらくブラジル代表正守護神の座は揺るぎそうにない。

●2018年ロシアW杯準々決勝・ベルギー戦の先発メンバー

▽GK
アリソン

▽DF
ファグネル
チアゴ・シウバ
ミランダ
マルセロ

▽MF
フェルナンジーニョ
パウリーニョ
フィリッペ・コウチーニョ

▽FW
ウィリアン
ネイマール
ガブリエウ・ジェズス

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