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障害者専用グラブをデザインした和気閑谷の球児たちが明かす綿密な制作過程【後編】

高校野球ドットコム

 まるで自分の身体の一部のように使い、大切に手入れも行い、そしてともに厳しい練習も試合も乗り越える。まさに相棒とも呼べるような存在・グラブ。誰もが使う道具を岡山県の和気閑谷の球児がデザインをしたことが話題となった。

 普段使っているグラブのデザインに携わった背景には何があったのか。そのバックグラウンドを知るべく、和気閑谷の部長である柴谷祐人先生をはじめとした方々にZoomでお話を聞かせてもらった。後編ではグラブが完成した時の心境に迫ります。

前編はこちらから!
世界一の男のため。そして地域活性化のため。和気閑谷(岡山)が唯一無二のグラブに携わったワケ【前編】

企画会議で出来たオンリーワンのグラブ

企画会議の様子 ※写真提供=柴谷先生

 そこからは早嶋健太さんと森川徹也さん、そして濱本涼一と河野純大の4人で企画会議を10月に開催した。濱本はウエブに引っ掛けるのが不安定で肘に痛みが出ていることに着目して、左手を入れるためのポケットを提案。そして河野は投げ終わってから、すばやくグラブをはめられるように手口を広げるアイディアを提案した。

 「ビックリしましたが、責任をもってやりました」と濱本が語れば、「驚きましたが、参加できるのは楽しみでした」と河野が当初のことを振り返る。会議では濱本、河野の2人は頭の中にある理想のグラブ像を懸命に伝える。その言葉を聞き、職人・森川さんが今までの経験値を駆使して具体性を持たせていく。

 実際に使う早嶋さんも「グラブをはめる入り口を広げたり、左手のポケットに意見を出しました」など、第1回の企画会議で大まかなアイディアまでを固めた。

 12月から試作品の作成が始まったが、1月になると試作品は完成した。楽しみに待っていた濱本、河野。そして不安を抱えていた早嶋さんの前にできた試作品は、3人の期待以上の仕上がりだった。あとは早嶋さんが実際に使用して感触を確認。実際の投球モーションにおいての感覚を確かめて、改善点を上げる。プロ野球選手がメーカーの担当者とオーダー品を作るのと何も変わらない企画会議が行われたのだ。

 こうして3月、ついに早嶋さんだけのオンリーワンのグラブが誕生した。当日のことを柴谷先生はこのように振り返る。
 「自分のアイディアが形になる喜びを感じたと思います。選手たちも『スゲ、かっこええ!』と言っていましたから。ですが、早嶋さんも完成したグラブをもらいに行った日に、すぐ選手たちと河川敷まで行ってキャッチボールをするくらい喜んでいましたよ」

 早嶋さんのオリジナルグラブの特徴は2つ。1つは背面にあるポケット。2つ目がグラブの手口と中にある。

 「最初はウエブに穴をあけるか、ポケットを作るか。そんなアイディアでしたが、早嶋さんが使いにくいだろうと言うことで、指の根本にポケットを置いたんです。革が伸びてもガッチリ固定できるように調整する革を通したおかげで左腕にグラブをはめられるようになったんです。あとは手口を広げて、グラブ内の指の仕切りを親指と小指だけにして。そうすることで、グラブを付け替えるのを楽にして、スムーズに使えるようになっています」

 機能だけではなく、デザインもカッコいい。本当に高校生が考えた理想が職人とプレーヤーの声を融合させて完成に至った。このグラブを見た濱本、河野ともに感動をしていた。

 「形になったことだけでも凄いと思いましたし、感動しました。早嶋さんともキャッチボールもしましたが、凄く喜んでもらえました」(濱本)

 「こんなに喜んでくれるんだと感じましたし、『凄いな。形になって嬉しい』と思いました」(河野)

地域を明るく照らす、和気閑谷の取り組みは続く

和気閑谷と岡山桃太郎の集合写真 ※写真提供=柴谷先生

 実際に受け取った早嶋さんも喜びだけではなく、多くのことを感じていた。
 「僕のために考えて1つのグラブを作ってくれて。そのおかげで左腕が使えるようになって新しい世界が見られるようになって、幸せ者です。僕1人では作れなかったので、頑張ってきたことが線となって繋がった結果だと思うんです。やり続けて良かったと思いますし、周りにはこんなに素敵な人たちがいるんだ、みんなの力は偉大だと思いました」

 同時に活力や責任感を与える、宝物だと早嶋さんは唯一無二のグラブの存在を語る。しかし今回の取り組みを通じて柴谷先生は選手たちに何を伝えたかったのだろうか。

 「和気閑谷の周りの地域は過疎化が進んでいるところです。そんな地域にある公立校の野球部員が大学などの上のステージを目指すことはもちろん大切です。だけど、地域の方々から愛される野球部、選手になることがテーマです。だから今回の交流を含めて選手たちに野球を通じての出会い、社会へ貢献することに気付いてほしいんです」

 勝つことを目標にすることは大事なことだろう。だが、それと同時に高校野球は学校教育の一部でもある。その側面の役割を果たしているのが、このような取り組みなのだ。実際に選手たちを指導する柴谷先生も、「障害者の方のプレーを見ていると、野球が好きな思いだけで大きな壁を乗り越えてプレーをする。こちらが何時間もかけて伝えることを、プレー1つで伝えてくれている」と1人の指導者としても学ぶことが多いようだ。

 発案者としてグラブづくりに携わった濱本、河野の2人は今回の出来事を通じて何を得たのか。最後の話を聞いた。

 「元々グラブは好きでしたが、もっと好きになりました。また野球は難しいスポーツですが、全員で必死になってボールを追いかけること。そして練習中にどれだけ楽しくやれるかが大事なんだと学ぶことができました」(濱本)

 「グラブも少し形を変えるだけで、いろんな人に使ってもらえるようになることに気がつくことができました。また何事も楽しみながらも真剣にやることが大事なんだと思いました。これからは今まで以上に楽しみながらも具体的なイメージをもってやることを意識して、練習をやっていきたいと思います」(河野)

 球児たちの夢舞台・甲子園を目指すことは大切なことだ。そのプロセスを通じて得られるものがあり、それらが選手たちの今後を支えていく財産になるからだ。しかし、和気閑谷の取り組みのように、野球というスポーツを通じて地域を盛り上げる。そうした取り組みを通じて、大人の階段を登る16から18歳の子どもたちを育てる。今回のグラブ作りを通じて、高校野球が持つ、もう1つの役割はそこにあるのではないかと改めて感じさせてくれた。

(記事=田中 裕毅)

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