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ベッテル離脱でドイツF1界に翳り?シューマッハーから続く栄光は……。

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2004年日本GPで表彰台に上がるシューマッハー兄弟(左ラルフ、右ミハエル)。ドイツの輝きは今や遠い記憶か。 (photograph by Getty Images)

 シーズン開幕が延期されたままの状況が続く中、2020年のF1はコース上での戦いよりも先に、シート争いというコース外での戦いが勃発した。 

 最初にそのトリガーを引いたのは、セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)だった。フェラーリはすでに昨年末、’22年まで契約があるシャルル・ルクレールに対して、さらに契約を2年延長して’24年までとしていた。ところが、契約が今年限りとなっていたベッテルに対しては、単年契約を提示。しかも、大幅な年俸ダウンが条件となっていた。

 これはフェラーリのナンバー1ドライバーはもはやベッテルでないことを示しており、これまで4度チャンピオンに輝いた経験を持つベッテルにとって、屈辱的とも思える内容だった。 

 果たして、ベッテルはフェラーリからの提案を突っぱね、交渉は決裂。5月12日にフェラーリは「今シーズン限りでのベッテルの離脱」を発表することになった。

ベッテルに残された道は引退?

 ベッテルが引き金を引き、’21年に向けたシート争いは急展開した。

 2日後の14日、フェラーリがベッテルの後任としてマクラーレンのカルロス・サインツと契約したことを発表。さらにほぼ同じタイミングで、そのサインツが移籍して空くシートにルノーのダニエル・リカルドが座ることになったとマクラーレンが発表した。 

 5月22日の時点で、ベッテルが’21年にレースするF1のシートは決まっていない。’20年末に契約が切れるドライバーはベッテル以外にも19人中14人おり、ベッテルがフェラーリ以外のチームでF1を続ける道はまだ残っている。しかし、かつて4度も王者になっている誇り高き男が、トップ3(メルセデス、フェラーリ、レッドブル)以外の勝つチャンスがほとんどないチームに行くとは考えにくい。

 またナンバー2待遇になってしまうならフェラーリでさえ良しとしなかったのに、7冠を目指すルイス・ハミルトンがいるメルセデスや、次代のチャンピオン候補であるマックス・フェルスタッペンがいるレッドブルに行くとも思えない。 

 もしそうなれば、ベッテルに残された道は引退しかない。

 そして、それはベッテルひとりがF1から去るというのみにとどまらず、ドイツ・モータースポーツ崩壊の危機を意味する。というのも、’20年シーズンのF1にエントリーを予定している20人の中でドイツ人はベッテルだけとなっているからだ。 

ミハエル・シューマッハーの存在。

 F1の70年の歴史でドイツ人ドライバー不在のシーズンは、F1が誕生した1950年と1981年の2年間しかない。この記録は70年間毎年ドライバーを送りこみ続けているイギリスに次いで多く、F1においてドイツは中心的な存在だったといっていい。 

 栄光のドイツのモータースポーツ史でも最も燦然と輝く存在が、ミハエル・シューマッハーだろう。’94年にシューマッハーがドイツ人初のチャンピオンとなると、’95年にはドイツGPのほかにヨーロッパGPもドイツで開催された。以後、’07年まで毎年、ドイツではホッケンハイムリンクでのドイツGPとニュルブルクリンクでのヨーロッパGP(’97年と’98年はルクセンブルクGP)の2つのグランプリが開催され、ヨーロッパでのF1を牽引していった。 

 M・シューマッハーの活躍とドイツでのF1の盛り上がりは多くのドイツの若者たちを刺激し、新たなドライバー誕生の起爆剤にもなった。多いときには7人ものドイツ人ドライバーがF1のグリッドに並んだものだった。 

ドイツを再び活気づけたベッテル。

 ドイツの繁栄に翳りが見え始めたのは、’07年だ。モータースポーツ界をリードする存在だったM・シューマッハーが前年限りで最初の引退。1年に2度開催されてきたF1もこの年から、金銭的な理由によって1グランプリだけとなった。
 
 そんなドイツを再び活気づけたのが、ベッテルだった。M・シューマッハーにあこがれてF1を目指したベッテルは、引退したシューマッハーと入れ替わるように’07年にF1デビュー。そして3年後の’10年にはそのシューマッハー以来のドイツ人チャンピオンとなる。 

 しかし、ベッテルがタイトルから遠ざかり始めた’14年から、ドイツでのF1人気は再び下降線をたどりだす。国内でF1の隔年開催の権利を持っていたニュルブルクリンクが開催権を放棄した’15年と’17年にはドイツではF1が開催されず、’19年の開催後にはついに’20年のカレンダーからも姿を消すこととなった。 

「若い世代には厳しい状況」

 新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れているF1は、いま7月から再開するという新しいカレンダーを作成している最中だ(5月22日現在)。状況によってはドイツでのF1が復活する可能性もある。しかし、それはあくまで緊急事態下でのバックアップ的な存在であり、ドイツでのF1人気復活を意味するものではない。 

 ミハエルの弟であり、F1ドライバーとして’01年のドイツGPと、’03年ニュルブルクリンクでのヨーロッパGPで2度の母国優勝を経験しているラルフ・シューマッハーは、こう嘆く。 

「私が若かったころ、ドイツにはカート場がたくさんあった。さらに企業がバックアップしてくれて、多くの若者がF1を目指す環境も整っていた。でも、いまは企業があまりモータースポーツ活動に積極的ではなくなったし、カート場も減ってきて、いまのドイツは若い世代には厳しい状況となっている」 

 それでも、新たな可能性も芽生え始めている。ラルフの息子のダビッド・シューマッハーが昨年F3にデビュー。ミハエルの息子でラルフの甥にあたるミック・シューマッハーは昨年F2にデビューし、フェラーリのドライバー育成システムの一員として’20年もF2へ挑戦する予定だ。 

フェラーリでのラストシーズン。

 ドイツ人ドライバーが’21年のF1に参戦するかどうかは、まだわからない。しかし、ベッテルが’20年限りでフェラーリを離脱することは決まっている。

 ’15年にフェラーリへ移籍したとき、ベッテルは跳ね馬での抱負をこう語っていた。 

「フェラーリでチャンピオンになれるのなら、いま持っているタイトルの数(4回)が半分になっても構わない」 

 フェラーリでのチャンピオン獲得は、憧れのヒーローだったM・シューマッハーの偉業であり、だからこそベッテルの夢だったのだ。しかし、ベッテルはその夢を実現することなく、’20年限りでマラネロを後にする。 

 ベッテルはかつて「ミハエルが恋しい」と漏らしたことがある。’13年末のスキー事故で重傷を負ってリハビリが続いているというシューマッハーからアドバイスを得ることは、いまはできない。ベッテルはいま自らのレース人生をどのように考え、どのような思いでフェラーリでのラストシーズンを戦おうとしているのか。

  期待と不安が交錯する中、もうすぐ、’20年シーズンが始まろうとしている。

text by 尾張正博
「F1ピットストップ」

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