羽生結弦の不滅の名プログラム、『SEIMEI』で再び五輪へ挑む理由。
羽生結弦の不滅の名プログラム、『SEIMEI』で再び五輪へ挑む理由。
 8月8日、トロントのクリケットクラブで、今ではすっかり毎年恒例となった羽生結弦の公開練習と記者会見が行われた。

昨シーズンと比べても、一段とキレが増し、大人びた印象となった羽生。平昌五輪では1952年以来となる五輪連覇がかかる。 (photograph by Asami Enomoto)

 8月8日、トロントのクリケットクラブで、今ではすっかり毎年恒例となった羽生結弦の公開練習と記者会見が行われた。

 いよいよ迎えた平昌五輪シーズンとあって、今年は日本から来た報道関係者がテレビ局の映像メディアと新聞、雑誌などのプリントメディアを合わせて総勢80名ほども集まった。

 このトレーニングリンクがあるクリケットクラブは由緒ある名門スポーツクラブで、会員はスケートだけでなく、テニス、クリケット、水泳など多くのスポーツを楽しむために集まってくる。それらの一般の会員の邪魔にならないよう、報道関係者は2階の大広間に集められ、リンクでの撮影も時間を分けて人数を制限するなど、羽生側のリンク関係者に対する気配りが感じられる公開練習だった。

「SEIMEI」再び。

 今シーズンのSPを2シーズン前のショパン『バラード1番』にすることは、すでに発表されていたが、トロントではフリーをやはり2015-2016年シーズンに滑った、『SEIMEI』で五輪に挑むことが公表された。

 その理由について、羽生はこのように語った。

「『SEIMEI』を2015-2016年シーズンにやって、いい演技ができた時からすでに、このプログラムをもう1回オリンピックシーズンに使いたいなと思っていたので、ほとんど迷うことなく決めました」

 連覇を狙うトップ選手が、古いプログラムを勝負に持ってくるのは、手垢のついた印象にならないだろうか?

「その心配は全くしていません」と、コーチのブライアン・オーサーは太鼓判を押す。

「特に『SEIMEI』は多くの人々から愛された、成功したプログラム。ああ、この作品がまた見れる、とファンは喜ぶはずです」

 周知のように、このプログラムは羽生を2度の世界歴代最高スコア更新へと導き、彼を一歩突き抜けた存在へと導いたきっかけともなった。

 映画『陰陽師』を見てイメージを膨らませたというシェイリーン・ボーンによる振付は、和のテイストを取り込んだ作品に仕上がっており、羽生の涼やかな風貌ともピッタリはまった。

 羽生結弦の代表プログラムを1つ選べと言われたら、この作品を上げるファンも多いのではないだろうか。

同じプログラムで完成度の高さを目指す。

 トップ選手が五輪用に制作したプログラムがしっくり来ずに、シーズン半ばで以前のプログラムに戻したというのは珍しいことではない。

 トリノ五輪女王の荒川静香も、五輪本番の直前、2年前に使って世界タイトルを手にした歌劇『トゥーランドット』の音楽『誰も寝てはならぬ』を使用し、振付を再アレンジしたフリープログラムで金メダルを手にした。

 だが最初から、SP、フリー両方とも以前に使用した作品で五輪に挑むというのは、近年ではあまり前例のないことではある。

 羽生本人は、その理由をきわめて明確に、そして率直にこう説明した。

「新しい曲を選んで、これやって、あれやって、とやるのは、結構難しいものがあるんです。毎年毎年。特にこのシーズンだからこそ、そんなことをやっている時間はない。それよりも演技そのものに集中したいんです」

「スタートラインを変えよう、と」

 昨シーズンは羽生はSP、フリーともに新プログラムに挑んだだけでなく、SP、フリーともに4ループを加えるという大きなチャレンジを自分に課した。

 最終的にはGPファイナルのタイトルを守り、世界選手権でも3年ぶりに優勝という結果を残したが、完成作品に仕上げるまでに時間も要し、苦戦したことは事実である。

 その昨シーズンの経験があったからこそ、迷うことなく自分に最も合っていたと感じる過去のプログラムで五輪の勝負に挑むことを決めたのだろう。

「シーズン初戦とか最初のほうって、まだ新しいな、初々しいなという感覚ってあると思う。プログラム見たときに。これから滑り込んでいくんだろうな、という。今シーズンは、そんな状況ではいけないと思う。

(そこで)まずスタートラインを変えよう、と。

 スタートラインがプラスの状態からはじまっているので、しっかりそれをマイナスにしないように、そこから積み上げるものを、もっともっとたくさん積み上げていけたらと思っています」

 今シーズンのエネルギーは、新プログラムを作り、振付を覚え、こなしていくことには使わない。その代わり完成度の高い、レベルの高い演技を見せる。

 潔いばかりの、勝つための戦略である。

4回転を5度組み入れ、究極の難易度を目指す!!

 プログラムこそ以前に使用したものだが、予定しているジャンプ構成はリサイクルではない。2年前から比べて、1レベルも2レベルも進化したものだ。

 冒頭に4ループを入れることはもちろん、合計5度の4回転のうち3本をプログラムの後半に持ってくるという、究極の難易度である。

 公開練習で見せた彼のアップグレード版『SEIMEI』は、圧倒されるような迫力があった。

 なるほど、振付は気持ちが良いほどすっかりこなれているだけに、ステップ、スピン、などどこをとっても2年前の羽生より格段にパワーアップされていることが明白に見て取れる。

 そして4ループ、4サルコウ+3トウループ、4トウループ+1ループ+3サルコウなど、驚くほど軽々ときれいに決まっていった。今からこんなに調子が良くて、逆に大丈夫なのだろうかと思いたくなるほど、ジャンプのきれが良い。

 振付の内容自体にはほとんど手をつけていないというが、このジャンプ構成を最後までスピードを保って演じきったなら、前回とは別次元の新『SEIMEI』になるだろう。

 このプログラムを完璧に滑った2年前の羽生を、多くのライターが「神がかった演技」と表現したが、今シーズンはさらにそれをパワーアップさせた、凄まじいものが見られそうである。

来週が試合でも、ほぼ大丈夫とオーサーコーチ。

「ユヅはすごく良く調整が出来ている。たとえ来週が本番だとしても、ほとんど準備が出来ていると言っても過言ではないくらい、全ての調子が良いです」と、ブライアン・オーサーコーチは満足そうに語る。

 オーサーと共同で羽生を指導してきたトレイシー・ウィルソンも、新シーズンに向けての展望をこう口にした。

「とても楽観的に考えています。ユヅは身体的にも、精神的にもとても強くなった。日々一生懸命練習しているだけでなく、その過程を楽しんでいる。彼は自分が世界最高スコアを持っていようとも、決して同じ場に留まろうとしない。以前とまったく同じハングリー精神を保っている。そのことが、本当に素晴らしいことだと思うの」

 この4年間、すごいスピードで進化していった男子のフィギュアスケート。

 それを牽引してきた羽生結弦の新たな挑戦が、また始まろうとしている。

 初戦は9月にモントリオールで開催されるオータム・クラシックになる予定だ。

text by 田村明子
「フィギュアスケート、氷上の華」

(更新日:2017年8月19日)

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