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ランキング下位層はテニスの未来か。BIG3の救済案とティームの異論。

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BIG3の救済案が話題になった一方で、ティームのような提言があることにもテニス界の知性を感じる。 (photograph by Getty Images)

 世界中のあらゆるエンターテインメントが本来の活動の場を失っているが、スターは何をやってもエンターテインメントになる。テニス界で先週、ファンを飽きさせなかったのがスター同士のインスタグラムでのビデオチャットのライブ配信だ。

 ラファエル・ナダルとロジャー・フェデラー、ナダルとアンディ・マリー、ノバク・ジョコビッチとマリー、ジョコビッチとスタン・ワウリンカ、ジョコビッチとファビオ・フォニーニといった組み合わせで繰り広げられるやりとりはジョークにあふれて愉快だし、互いに普段から聞きたかったことをこの際とばかりにぶつけているのも興味深い。

契機はジョコとワウリンカの会話。

 その中でも議論の輪を広げたのがジョコビッチのこの発言だった。ワウリンカとのやりとりでのことだ。

「ロジャーとラファと3人で長いこと話し合って、どうやって今苦しんでいる下位の選手たちを助けることができるか考えたんだ。たとえば、300万から450万ドル(約3億2300万円~4億8400万円)の基金を用いて、200位あるいは250位から700位とか1000位くらいまでの選手を助けることができるか。

 こういう選手の大半は自国の連盟からの支援もスポンサーもない。彼らは孤独に戦っている。ATP(男子プロテニス協会)、グランドスラム、選手たちが協力して基金を作り、たとえばツアーファイナルズのようなトッププレーヤーのためだけの賞金のボーナス分や、来年の全豪オープンの賞金を何%かカットしてファンドにまわすとか……」

 トップの働きかけはいつも効力絶大で、すぐにATPとWTA(女子テニス協会)とITF(国際テニス連盟)の3つの団体が、<選手救済計画>についての話し合いに入ると報じられた。

マドリードのeスポーツも支援に。

 トップの選手が下の選手を救済するために自分たちの賞金をカットしてくれという――これはこのコロナ禍で他のどの競技でも、どんな業界においても例がないだろう。つぶれそうな小さな飲食店を助けるために、余裕のある大手飲食店が動くだろうか。仕事の減ったテニスライターに手を差し延べてくれる同業者も組合も当然ながら存在しない……。

 しかも、テニスプレーヤーのそれは国も大陸も超えたグローバルなものなのだ。

 そういえば、現在開催されているテニスプレーヤーによるeスポーツイベント、『ムチュア・マドリード・オープン・バーチャル・プロ』でも優勝者の賞金のうち任意の額が「経済的に苦しい選手」の支援に充てられるという。

グランドスラムの賞金の増額率も。

 少し話が逸れるが、過去にはこんなことがあった。

 毎年増額がニュースになるグランドスラムの賞金だが、増額率でいうと、2012年以降はたとえば優勝賞金よりも早いラウンドの賞金のほうが大きい。

 こうした配分を要求したのは、ジョコビッチ、ナダル、フェデラー、マリーという当時のビッグ4だった。ウィンブルドンを主催するオールイングランドクラブのフィリップ・ブルック会長は「こういうことは他の競技で例を見ない。彼らの行動には頭が下がる。トップにふさわしい資質を備えた本物のトッププレーヤーたちだ」と話したものだ。

 彼ら自身は、初めてプロの大会に出場してから1年4カ月以内にトップ200を切り、そのときの年齢は16~17歳だ。にもかかわらず、なぜそんなに下位の選手を気にかけるのか。

 ジョコビッチはワウリンカにこう語っていた。テニスのエコシステム、つまり成り立ちと構造を守りたいのだと。

「200位とか250位以下の選手たちはテニスの草の根でもあり、テニスの未来でもある。そこが地盤であることを僕たちは皆知ってる。だから僕たちは一つになって彼らを助けなくてはいけないし、彼らが置き去りにされてはいないことを示さなくてはいけない。若い選手には、こんな経済的な危機の中でも、将来テニスで生きていけるというメッセージを発信しなくてはいけない」

ティームが主張する自由競争。

 さすがは読書家のインテリ派、選手会長も務めるリーダーシップと説得力だが、そんな考えを真っ向から否定する選手が現れた。現在世界ランキング3位で、ポスト・ビッグ3の筆頭であるドミニク・ティームだ。

「生きるのにも困るようなテニスプレーヤーは、かなり下のほうの選手にもいないよ。しかも、テニスに心血を注いでいない選手、プロともいえないような選手は大勢いる。どうして僕たちがそういう選手たちにお金をあげなくちゃいけないのか、よくわからない。

 それならむしろ別の、本当に困っている人や組織に寄付したい。僕たちトッププレーヤーは誰も何かを与えてもらってトップになったわけじゃない。みんな、自力で這い上がってきたんだ」

 完全な自由競争、弱肉強食、実力主義に沿った意見に、密かな賛同者も少なくないのではないか。

物腰柔和な一方で芯のある一面も。

 救いの手を差し延べようとするジョコビッチに比べれば、「なんと冷たい」「心の狭い」という印象を受けるかもしれないが、ティームという選手の経歴や性格をある程度知っていれば、見方も変わる。

 全仏オープンで2度、そして今年の全豪オープンでも決勝に進んだが、全仏ではいずれもナダルに、全豪ではジョコビッチに敗れた。それでもビッグ3の存在を恨めしく思うどころか「彼らがトップにいる間に、僕は最初のグランドスラム・タイトルを獲りたい」と語ったピュアなチャレンジャーだ。

 物腰柔和ではにかみ屋なイメージの一方で、批判すべきは批判するまっすぐな人でもある。昨年の全仏オープンでは、セリーナ・ウィリアムズのわがままでインタビュールームを変更させられる出来事があり、グランドスラム優勝23回の女帝を相手に「(セリーナは)性格の悪さが出た」とメディアに語って大きな騒ぎになった。

下位層は「テニスの未来」なのか?

 今回はこんなティームの異論が出たおかげで、ある疑問を抱くことができた。250位以下の層は本当にジョコビッチが言うように、「テニスの未来」なのかということだ。

 ちょうど10年前のランキングの250位以下を確認してみた。未来の選手――確かにいる。全体の数から見ればごく一握りだが、のちに最高3位までいくグリゴール・ディミトロフもミロシュ・ラオニッチも、7位をマークするダビド・ゴファンも、そこでは皆300位台だ。

 のちにトップ20、トップ30になる選手も他に数人いる。ただ、皆10代かせいぜい22歳以下。ならば、テニスの未来のためには若い選手だけ助ければいいのではないかという案も出て不思議ではない。

 そもそもテニス界はコロナとは無関係に、テニスのプロを減らす方向でツアーを改革していたところだった。

 新たなシステムは、若く将来性のある選手、確かな実力を持つ選手を優遇し、賞金だけで生活していけない多くの選手を切り捨てるものといっていい。

 はからずもコロナはその思惑に沿うことになるのか、ジョコビッチの言葉を借りれば、テニスが誇るべきエコシステムまで破壊してしまうのか、これから具体化するはずの救済措置はどう影響するのか。<コロナ後>を見据え、少なくとも議論は活発に生きている。

text by 山口奈緒美
「テニスPRESS」

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