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指導者は「人を見て法を説け」。野村克也氏が阪神・藤浪晋太郎に伝えたかったこと<再掲載>

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指導者は「人を見て法を説け」。野村克也氏が阪神・藤浪晋太郎に伝えたかったこと<再掲載>

言葉の持つ意味や重要性を、指導者は知っておくべし

 プロ野球選手は、野球界のエリート、つまり天才である。小学生の頃からちやほやされて育ち、高校生になって甲子園で活躍しようものなら、周囲にいる人間の甘やかしぶりにますます拍車がかかる。本人だって当然、「オレは天才だ」などと勘違いしてしまう。
 
 だが、そのような選手がドラフトで指名されてプロに入った途端、あまりのレベルの高さに「オレはなんて場違いなところに来てしまったんだ」と唖然としてしまう。
 
 それまでとくに努力らしい努力をしなくても、バッターを三振に抑えたり、あるいは容易にヒットを打てた選手であっても、己の力がまったく通用しない。
 
 だが、私に言わせればこんなことは当たり前のことだ。プロ野球は言ってみれば、「野球の天才の集まり」である。どの選手も「天才」と言われ、アマチュア球界で実績を残してきたからこそ、プロの世界に入ることができた。だからこそ野球選手は「プロに入ってからが勝負」となる。
 
 このとき指導者ができることとは何か。それは「正しいことを説き、正しい方向にその選手を導く」こと以外にない。
 
 若いときから野球一筋の人生を送ってきたプロ野球選手は、職人気質なタイプが多い。
 
 そこで現役を引退し、コーチとなって選手を指導する立場になったとき、アドバイスするとしたら、
「トップの形ができていない」
「バットが下から出ている」
「バットのヘッドが下がっている」
「軸足に体重が乗っていない」
「ステップしたほうの肩が開いている」
 
 せいぜいこの程度の言葉しか出てこない。だが、選手の側からしたら、「そんなことくらい、わかっていますよ」となる。
 
 つまり、「どうすれば課題が解消できるか、そのアドバイスを求めている」からこそ、コーチの意見に耳を傾けたいわけだ。この場合でいえば、
 
「オレが現役のときは、こういうときにはこう対応して乗り越えた。だから一度やってみたらどうか」
 
 と具体的なアドバイスができるようでなくてはいけない。そのためには、現役時代からしっかり考え、悩み、苦しみ、乗り越える術を身につけておくべきだ。またそれが、将来自分が指導者になったときに必ず活きる。
 
 これは何も野球に限った話ではない。どんな職業においても、いいものをつくる、いい結果を出すためには、自分が得た経験がベースとなってくる。
 
 この部下はどうやったら成長するのか。そのためには適材適所を見つけてあげ、壁にぶつかりでもしたら、指導者が自身の経験を元にアドバイスを送る。
 
 当然、自分の経験を披瀝するだけして、「だからお前もやってみろ!」と頭ごなしに怒鳴るだけでは、部下は絶対についてこない。若い人と指導者とでは、感性や感じ方が異なるので、「オレが若いときは……」などという話は通用しない。
 
 その点は指導者が絶対に心得ておくべきツボである。
 

藤浪晋太郎が長い不振に苦しんでいる理由

「人を見て法を説け」――私が選手を指導する際、もっとも心がけていることだ。
 
 選手の考え方は十人十色。全員が同じ言葉、同じ指導で良しとなるはずがない。その選手の持っている性格や気質などでかけるべき言葉を使い分けてやる気を促すのも、指導者の果たすべき務めなのである。
 
 今、世の阪神ファンが心配していることの1つに、先日、407日ぶりに白星を挙げた「藤浪晋太郎が完全復活できるかどうか」が挙げられる。
 
 藤浪は大阪桐蔭高校のエースとして、2012年の甲子園大会の春夏連覇を果たした。当然、この年のドラフトの目玉選手の1人に挙げられていたが、縁あって阪神への入団が決まった。
「これで10年から15年はピッチャーに困らない」――そう安堵した阪神ファンも多かったに違いない。
 
 そして藤浪は周囲の期待通り、入団1年目から即戦力の働きを見せた。13年は10勝を挙げ、その翌年以降も11、14勝と、3年連続で2ケタ勝利をマーク。周囲の期待通り、順調に大投手への階段を登っている……かのように見えた。
 
 だが、16年に7勝で終わると、昨季はわずか3勝、今年は一軍と二軍を行ったり来たりで、6月15日の楽天戦で7回途中まで無失点に抑え、ようやく今季初勝利を飾った。
 なぜ彼はこのような低迷を招いてしまったのか。それは藤浪に対して「人間教育」が行われていなかったことに尽きる。
 
 たしかに彼の高校時代の実績は十分だ。当時のドラフト候補選手と比較しても、藤浪は間違いなくトップクラスの選手だったし、入団から3年目までは順調に成長しているように感じていた。
 
 その藤浪が今伸び悩んでいる。現在も立ち止まったままで、復調の兆しがない。技術的な原因を挙げるならば、「ピッチングフォームをいじりすぎてしまった」点にある。
 
 彼は入団1年目から踏み出した足のつま先が内側に入ってしまう、いわゆる「インステップ」であることを指摘されていた。
 
 ピッチャーがバッターに向かって投げるとき、踏み出した足のつま先はホームベースと真っすぐになっているとコントロールが安定しやすくなる。だが、踏み出した足のつま先が内側に入ってしまうと、腕の振りが一定しなくなり、コントロールを乱しがちになる。
 
 その点を不安視して、阪神のピッチングコーチは藤浪本人に指摘し、矯正するように促していたことだってあっただろう。
 
 ついに藤浪は袋小路に入り込み、自分を見失ってしまった。それどころか、彼の長所であった「空振りをとれた威力のあるストレート」すら放れなくなってしまった。この点が実に痛い。
 
 藤浪自身、努力を怠ったわけではないだろう。彼はもがき苦しみながら、何とか現状を打破したいと対策を練り、日々の練習に励んでいるはずだ。
 
 しかし、それが結果となってなかなか表れてこない。序盤の3回までは好投するも、中盤の4回、5回を迎えたあたりから突如としてコントロールを乱し、手痛いタイムリーヒットを打たれて降板する……この繰り返しだ。
 
「技術の改善」は本人がどう修正していくかが大事だ。そして藤浪自身が技術以前に改善しなくてはならない点が、もう1つある。
 
 それは「お手本となるピッチャーの教えにもっと耳を傾けなさい」ということだ。
 
 阪神にはランディ・メッセンジャーという、日本人選手以上に日本の野球のことを理解した、素晴らしいお手本がいるではないか。
 
 なぜメッセンジャーがこれだけ勝てるのか。勝てるピッチャーになるには、普段からどんな練習に取り組めばいいのか。その練習によって何が得られるようになるのか――など、メッセンジャー本人に逐一聞けばいい。そこから得られるものは、ひょっとしたら阪神のコーチよりたくさんあるかもしれない。
 

「人を見て法を説く」、今の藤浪にかけてあげるべき言葉とは

 なぜ藤浪は頑なまでにこういう態度をとってしまったのか。ピッチングコーチのアドバイスが合わないということを差し引いても、入団1年目にしかるべき「人間教育」を施していなかったことに尽きる。
 
「自分1人でうまくなった」「自分の力で勝ってきた」、そう誤った考えを起こさないようにするためにも、謙虚さや素直さを持つことの大切さを説き、正しい方向に歩んでもらう。そうしたことを、プロの世界に入った間もない段階で教えるべきだった。
 
 ただし、阪神にはこうした教えを受け入れない土壌であることは、他の誰よりも私が一番よくわかっているつもりだ。1999年から3年間、阪神の監督を引き受けた際、ミーティングの時間にまともに耳を傾けていた選手は皆無に近かった。その結果が3年連続しての最下位。やることなすことすべてが空回りで終わった。
 
 このようなチームでは、どんなによい指導者が来たところで、その力を発揮することなく終わってしまうのがオチだ。
 
 もし私が藤浪を指導するならどうするか?
 
 まずは彼の持っている潜在能力を認めるだろう。つまり、「褒める」のだ。
 
 だが、次は「ただし、今のお前さんじゃいつまで経ってもよくならないぞ」と苦言を呈する。
 
 もちろんここで終わらない。それでは藤浪というピッチャーは「キャッチャーの立場から見て、どういうボールを投げるからすごいと感じるのか」、あるいは「バッターの立場から見て、どういうボールを投げられるのが嫌なのか」を説明していく。
 
 今の藤浪は、「ピッチャーの目線」でしか物事を考えられていない。つまり、「どういうフォームに改善すればいいのか」ばかりに終始し、考え方の幅が狭くなってしまっているのは間違いない。
 
 そこでキャッチャー、あるいはバッター目線から「藤浪というピッチャーの持っていた長所」を伝えてあげる。そうすることで、何らかの「気づき」を与えてあげることができるはずだ。
 
 そうしてひとしきり説明した後、「だからこういうボールを投げられるようにしてみなさい」と締める。
 
 藤浪のこれまでの言動から見て、彼は感性のみでただ投げるようなタイプではなく、理論を必要として、そのうえで投げようとするタイプだと見た。だから「気合だ」「根性で乗り切れ」などという言葉は彼にとってはまったく響かない。
 
 具体的な方法を理論的に、かつ多角的に伝えてあげることが、解決の糸口になるかもしれない――少なくとも私ならばそう考える。
 
 このように普段の言動や振る舞いなどから人間性を把握し、「この選手にはどういったアドバイスが効果的なのか」を考え、見つけ、そして言葉で伝える。
 
 つまり、「人を見て法を説け」とは、相手の人間性や気質を考え、適切な言葉をかけてあげること――これこそが、指導者が持ち合わせていなければならないスキルの1つである。

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