top_line

「ぼくらの7日間戦争」大人VS子どもの対立構造は現代にそぐわない。“令和のぼくら”の敵とは? 監督×脚本【インタビュー】

アニメ!アニメ!

「ぼくらの7日間戦争」大人VS子どもの対立構造は現代にそぐわない。“令和のぼくら”の敵とは? 監督×脚本【インタビュー】

中学生たちが廃工場に立てこもり、大人への爽快な逆襲劇を繰り広げるベストセラー小説『ぼくらの七日間戦争』が、初のアニメーション作品として生まれ変わった。

原作小説の初版が発売されたのは、1985年。原作者の宗田理は、学生運動・全共闘事件をモチーフに、当時の社会情勢を反映した「大人の管理教育」VS「子ども」の対立構造を作り上げ、知恵と勇気を武器に大人たちを悪戯でやりこめる青春エンターテインメントを作り上げた。
1988年には、当時14歳だった宮沢りえの主演で実写映画化。以後、原作小説は現在に至るまで続編シリーズが次々と刊行され、累計発行部数2000万部を越えている。

2016年、KADOKAWAの児童書レーベル“角川つばさ文庫”10周年をきっかけに、『ぼくらの七日間戦争』アニメ映画化企画が浮上する。
しかし、昭和の子どもたちが主人公である原作小説をそのまま映像化するわけにはいかない。
「原作のスピリットを残しつつ、令和の“ぼくら”の物語をつくる」――そんな大胆な再構築に挑んだ、村野佑太監督と脚本家の大河内一楼氏に、制作にまつわるエピソードをうかがった。
[取材・構成=中村美奈子]

■原作者・宗田理から託された「ぼくらの」シリーズのスピリッツ
左から村野佑太監督、大河内一楼氏
物語の舞台は2020年の北海道。高校二年生の鈴原守は、秘かに想いを寄せていた幼なじみの綾が、親の都合で東京に転校することを知り、「一緒に逃げよう」と一世一代の告白をする。しかし「2人だけの逃避行」のつもりが、クラスメイトを巻き込んだ廃工場への家出計画になり、さらに、大人たちやネットを巻きこむ一大騒動に発展してしまう。
映画の制作にあたって、宗田先生はスタッフを通じて伝えてきたことがあった。

村野「『痛快で楽しい作品にしてください』と。細かい部分をそのままなぞってくださいとは一言もおっしゃらずに、『今の時代にあわせたものを作ってください』とおっしゃっていただいて。ただ、子どもがかわいそうな目にあうとか、悲しいことになるのではなく、最後はちゃんと笑って、爽快に大人をいたずらだけでやっつけるところが一番大事だと、繰り返し言葉をいただきました。我々はそれを肝に銘じ、シナリオ作業を進めていきました」

大まかな話の筋は、子どもたちがどこかに立てこもって脱出すること。脚本を依頼された大河内氏が設定の白土晴一氏と話した歴史ネタが元となり、舞台が北海道に決まったという。

大河内「その時、主人公の鈴原守が歴史好きという設定も、付随してできあがりましたね」

鈴原守
村野「話の流れがある程度決まり、北海道を舞台にするとなったときに、北海道の学生が持っている気質や、どんなところに対してコンプレックスを持っているのかという考察から、キャラクターに還元できる部分も生まれてきたんです。

その中で意識したことは、『今の子どもたち』が、なにを自分の問題としてとらえているのかという部分を見逃さないことでした。30年間で、社会環境も興味の対象もまったく違ってきていますし、逆に同じところもあります。原作と今の子どもたち、双方にリスペクトを持って接していかなければならないと思いました」

大河内「脚本で意識したことは、『ぼくらの7日間戦争』というタイトルを裏切らないものにするということでした。つまり、戦争は7日で終わるし、“ぼくらの”話であること。今回、主人公たちは高校生ですが、“ぼくらの”とまったく関係のない高校生になってはいけない。『こういうヤツいるよね』という共感が得られるキャラクターを作る必要があったのです」

そこで、中学生にアンケートを実施したり、監督自らが高校に出向いてインタビューを行ったりしたという。実際に今の“ぼくらの”に触れてみると、思わぬ事実が発覚した。その事実とは?
→次のページ:今の“ぼくらの”へのアプローチから生まれた新たな「敵」

■今の“ぼくらの”へのアプローチから生まれた新たな「敵」
現役中高生の話を聞いた中で、話の骨子に関わる事実が浮かび上がった。

村野「『好きな女の子に気に入られたい』とか『友だちを増やしたい』など、根本の部分は自分の子ども時代と同じだなと思いました。一方で、周囲の環境はまったく違う。置かれている環境が違うと、当然考え方も違っていて、何カ所か話の枝葉の部分を考え直す必要があることがわかりました」

大河内「僕が子どものころは、『大人ってズルい、あんなこともこんなこともできて』という思いに代弁されるように、大人が占める面積が大きく見えていた。それこそ、家庭と学校の友だちという狭い世界で生きていたんです。

でも今はSNSで世界中の人と繋がれるし、学童やスポーツクラブなど学校外での活動の場も多くて、そもそも世界が広い。そもそも大人が占めている面積は小さくて魅力的でも強力でもないし、『早く大人になりたい』という魅力もない。
でも、この社会を維持してくれていることは、ちゃんと理解しているんですね。そして、自分もやがてそんな『大人』になるだろうと、悟っている」


村野「話を聞く中で、はっきりと『大人は味方だ』と言われました。 それを言われると、原作との乖離が大きく、捉え方が違ってきますから。
今の子たちは、いざとなったらスマホ1つで大人をやりこめられる力を持っています。だから、大人に反発して生きづらい道を選んでまで、大人に対抗したい気持ちがない。自分たちの『解放区』にしても、今はネットを使って簡単に居場所が確保できます。

では、今の子が自由になったかというと、決してそうではありません。彼らが大切にしているのは、自分の中での人間関係。自分だけの場所を手に入れても、そこを守るために余計な心労があって。
やはり現代の子も、「解放区」を手に入れるために四苦八苦しなければいけないんだなと思いましたね」


ヒアリングを通じ、「大人」VS「子ども」の対立構造は現代にそぐわないことが判明した。しかし、今の“ぼくら”の内面を知ったことが、映画での「新たな戦い」に繋がったという。

村野「『大人』と対決しなければいけない状況になったときに、その『大人』が自分の目の前にいる誰かというのはもちろんあります。
そうではなく、だんだん『大人』になってしまっている『自分』に対して、どういう行動を取ればよいのかという選択も、『大人』との戦いになるだろうなと考えました。

大河内「敵が、目の前にいる『大人』である必要はない。ドラマの基本は、人が何かを乗り越えて成長することですから。
今の子にとっての一番の枷は、自らが作っている“人との関係値”や、自分の居場所を守るためにつけている“仮面”ではないかと、監督と話し合ったんです。みんな上手に生きていると思うけれども、それに疲れていることもあるねと」

村野「そこで、主人公を高校生に設定しました。高校生は、『もう大人なんだから』、『また子どもなのに生意気なことを言うんじゃない』と、大人の都合で扱われ方がコロコロ変わる、すごく微妙な世代だと思うんです。
でも逆に考えると、『大人』になるか、『子ども』でいるかを自分自身で選択しても良い時代だと思うんです。

今の子たちは大人びているので、『大人』の方に行きがちです。でも、大人の“ぼくら”からすると、『もうちょっと子どもらしくていいんじゃない』という気持ちもあって。
だから、せめてこの映画の90分の中では、『子ども』らしい選択をして欲しいという思いを入れ込んで、作りました」


大河内「そういう意味で、最初は敵にするはずのなかったものが、敵になった感じがありますね。本作では、さまざまな立場の『大人』が登場します。
しかし『大人』も一枚岩の存在ではなく、綾の父親の秘書である本多政彦は、心情的には子どもだけど大人側についています」

監督や大河内氏を中心に、総勢10名がシナリオ会議に参加。何度も意見を交わし、少しずつストーリーを組み上げていった。その中でも表現に気をつけたのが、子どもが大人をやり込める「いたずら」の匙加減だった。

大河内「いたずらの形も爽快感も、昔と今ではまったく違いますし、笑いに対しても、センシティブになっています。
特に原作の設定は、中学生とまだまだ子どもだし、キャラクターたちをマンガチックに描いていることもあって、大人に対してけっこうひどいことをしても笑えるんですね。

しかし映画では高校生ということで、『このいたずらはひどい』と受け取られないように、気を遣いましたね」

映画では、観客は登場人物に自分の感情を重ねて観ることが多い。「いたずら」の爽快感を出すためには、どんなキャラクターが必要なのか。次は、二転三転したキャラクターづくりについて語ってもらう。
→次のページ:今の“ぼくら”の温度感を持った6人のキャラクターの誕生

■今の“ぼくら”の温度感を持った6人のキャラクターの誕生
現代の感覚で物語を楽しみ、共感を呼ぶ。だからこそ、観客の感情とリンクするキャラクターづくりには、細心の注意を払ったという。

村野「物語のスタート時点で、『これはぼくらだよね』と中高生に思ってもらえるような温度感のキャラクターを6人そろえる必要がありました。
実は、シナリオづくりに着手してから完成稿になるまで、1年以上かかっているんです。その間にそれぞれの役割もどんどん変わっていって。その中で唯一、主人公の守だけはキャラクター性が変わりませんでした」


主人公・鈴原守は、学校ではいつもひとりで歴史に関する本を読んでいる、目立たない存在だ。唯一の拠り所は、同じ趣味を持つ仲間が集うチャット。隣に住む幼なじみ・千代野綾に密かな想いを寄せているが、学校で彼女と話すことはほとんどないという設定だ。

村野「綾の親友・山咲香織やクラスメイトの阿久津紗希は、最初から名前はありましたが、途中で役割が大きく変わりました。
また、守のクラスメイトでクラスの中心的な存在である緒形壮馬や、紗希に無理矢理参加させられた弁護士志望の秀才・本庄博人は、初稿の段階では存在していませんでした。理由は、物語で扱おうとしていた事件が、最終稿とは別のものだったからです

でも扱う事件が決まり、今の子どもたちにとって『こんな子いるよね』という温度感を探った結果、現在の人間関係のバランスに自然と落ち着いたんです」

大河内「キャラクターの変化で大きかったのは、それぞれが抱えている隠しごとと、願望とのバランスでした。物語は主人公の視点から入るので、最初から観客に明かされている隠しごとは、『好きな子がいるけれども告白できない』という守の気持ちです。
ほかの5人の隠しごとは、守を通して、物語の中で少しずつ明らかになっていく流れになっています。実はキャラクターのネーミングには、監督のこだわりがあるんですよ」

村野「守は、その字の通り、自分たちの場所を守る子です。名前の響きから連想される、少し強いかもしれないけれども内向的な印象が、結末に向かうまでに大きな変化を遂げる。
その変化は、僕の願望も入ったある種ファンタジーになっているかもしれませんが、みんなとの絆や関係を守る主人公であったらいいなと思い、名前をつけました」


こうしてできあがった完成稿に、監督は絵コンテでさらにブラッシュアップを重ねたという。そこで活かされたのは、村野監督が尊敬し師事する、『ドラえもん』や『ちびまる子ちゃん』、『忍たま乱太郎』の総監督・芝山努氏の教えだった。

村野「コンテでは、文字で表現しきれなかった部分を拾う調整をしました。キャラクターが今どう思い、何を考えて行動しているのか、心が動いた瞬間のリアクションを丁寧に拾っていこうと思って。
セリフに関しても、自分がこの場にいたら、せいぜいこんなことしか言えないだろうというリアルラインに乗せるようにしました。映画的で憧れるようなセリフではなく、いっぱいいっぱいな登場人物達に自分を重ねて、恥ずかしく感じれるくらいの温度感を目指しています。

芝山さんからは、『お客さんと同じくらい、ちゃんと自分も楽しんで作れ』と教わりました。90分の映画を作っていて、どこかのポイントでお前が飽きて作っていたら、お客さんもそこで飽きるからと。
だからきちんと自分で、5分10分置きに「楽しいな」とのめり込めるポイントを作りながら、映像を作っていくものだよと言われたことを、守っていきたいなと思いながら制作を進めてきました。できたかどうかは、これが初めての監督作品ですのでわかりません(笑)」

大河内「監督は、言いたいことはきちんと伝えてくれますし、こだわりたいポイントについてもちゃんと説明してくれるので、僕は一緒に仕事をしていてとてもやりやすかったです」


最後に、映画の見所と合わせてファンへのメッセージをもらった。

村野「『ぼくらの7日間戦争』というタイトルを使わせていただいていますが、現代風にアレンジしている分、原作とはちょっとした違いがあります。
でも、原作の精神性や、物語に込めている想いを我々もリスペクトしていますし、原作と同じ『ぼくらの』シリーズの最新作という形で制作し、きちんとその形になったと思っていますので、原作ファンも実写映画のファンの方も、もちろん全然知らないという方も観に来ていただけるとすごくうれしいです」

大河内「村野監督と仕事をしてみて、改めて原作の魅力のすごさに気づかされました。学校では顔を合わせているけれども、実は中身を全然知らない人と、7日間立てこもって戦争するというのは、ものすごく楽しいことなんですね。

僕の青春にはなかったけれども、こんな青春を送ってみたかったと思うし、今高校生で『お前、いっしょに立てこもろうぜ』と言われたら、きっと行くと思います。
だから映画を観る約90分間で、『あるかもしれない青春』をたっぷりと楽しんでもらえたらいいなと思います」

『ぼくらの7日間戦争』
(C)2019 宗田理・KADOKAWA/ぼくらの7日間戦争製作委員会

TOPICS

ランキング(アニメ)

ジャンル