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ラーメンの鬼・佐野実の妻に聞いた「亡くなる直前の “らしい” エピソード」「店を私語厳禁にした理由」「ラーメン博物館 卒業」など

ロケットニュース24

ラーメンの鬼・佐野実の妻に聞いた「亡くなる直前の “らしい” エピソード」「店を私語厳禁にした理由」「ラーメン博物館 卒業」など

「ラーメン屋においしいラーメン屋をおすすめしてもらう」──そんな他力本願な企画の初回で、名店中の名店『支那そばや』を訪れたことは前回 お伝えした通り。

ところで『支那そばや』の創業者で、 “ラーメンの鬼” と呼ばれた佐野実さんは一体どんな素顔を持っていたのか? 妻で『支那そばや』代表・佐野しおりさんにお話を聞いたところ、“佐野さんらしいエピソード” や、あの伝説の「私語厳禁ルール」の背景についても語ってくれた。

・佐野実「ラーメンに罪はない」

惜しまれながらも2014年に他界した佐野実さんだが、現在は妻のしおりさんが『支那そばや』の代表をつとめ、ラーメン界のレジェンドが生み出した味を守り続けている。

そんな『支那そばや』を訪れたのは、以前『麺匠 八雲』を取材した際に店主が「リスペクトするお店」として同店の名をあげたことから。

──今回『麺匠 八雲』梅澤まゆか店主の “推し” で、初めて本店へ行かせていただきました。

「佐野を、そして佐野の作ったラーメンを愛してくれている まゆかちゃんには “ありがとう” のひと言に尽きます」

──ちなみに「佐野実が愛したラーメン屋」……と呼べるような店はあるのですか?

「佐野はラーメンが趣味みたいな人だったのでヒマさえあれば “お忍び” でラーメンをよく食べに行っていましたが、特定の店に行くということはなかったですね」

──佐野さんがお忍びで店に来ていることを知ったら、ラーメン屋の店主もびっくりしそうですね。

「帽子を深~くかぶってバレないように食べに行くんですけど、それでも気づかれると店を出たときに店主が駆け寄ってきて “お味、どうでしたっ!?” と聞かれることもしばしばありました(笑)」

──そんなとき佐野さんは、率直に感想をお伝えになるのですか?

「いえ。”俺は(普段は)人の店の味の評価なんてしないよ~” なんて言いつつも、 “美味しかったよ” と言って帰るのが常でしたね……たとえ、味が口に合わなくても。“まずくてもラーメンに罪はない。罪なのは店主の腕だから” っていつも言ってました」

“ラーメンに罪はない。罪なのは店主の腕” ──ラーメン愛にあふれた名言であると同時に、その作り手たるラーメン屋には厳しい目を向けた、佐野実さんらしい言葉である。

 

・佐野実伝説「店内で私語は厳禁」「レンゲを使うな」「亡くなる間際までラーメン」

そんな佐野さんといえばラーメンに対して妥協を許さない人物として知られるが、まことしやかに語り継がれている「伝説」の真偽についても聞いてみた。

──佐野さんといえば、「店内は私語厳禁」だったとか……アレは本当なのですか?

「神奈川県藤沢市に本店をおいていた時代はそうだったみたいですね」

──どうしてまた、そんなルールを?

「自分が必死に手塩をかけて作ったラーメンを粗末な食べ方をされるのが気に入らなかったんですね、手前勝手な話ですが。佐野は元々、洋食の世界で料理人をしていましたが、フレンチとかイタリアンなどの店だと、客は正装(ドレスアップ)して、礼儀正しく、静かに食べるでしょう? 

佐野からしたら、自分はそういう店と遜色(そんしょく)ないレベルの料理を出しているという自負があったから、客にもそれ相応の態度を求めていたんです。その代わり、佐野も緊張して厨房に立っていました。自分の味がジャッジされるわけですから。

それなのに、いざラーメンを出したら……客が新聞を読みながら、タバコを吸いながら、携帯で電話しながらラーメンをすすって……。これがショックで、許せなかったわけですよ。だから一時は私語禁止・電話禁止としていました」

──そうやって聞くと「私語厳禁ルール」は納得できますね。

「その後、時代とともにラーメンという食文化も成熟し、客のマナーもかなり改善されましたけどね」

──佐野さんは「レンゲを使って麺をすするな」と提唱していたとも。本当ですか?

「それも本当ですね。丼から麺をつまんですすって食べるのが一番おいしいように作っていますし、”それが俺の食べ方だ” とは公言していました。ただ、お客とか他人にソレを強要することはなかったかと思います」

──佐野さんが亡くなったのが5年前。最期に食べたのも「ラーメン」だったとか?

「亡くなる一週間前が誕生日だったんですけど、大勢の弟子が駆けつけてくれたんです。それを聞いた佐野が “……じゃあ、ラーメン、食えるのか?” って言ったんです。

ただ、当時の佐野は、水を1日20cc飲むのも精一杯の状態だったので、 “ラーメンはさすがに食べられないよ!” って私が却下したんです。そうしたら佐野が “……なんだよ。それだったら、もう全員帰っていいぞ!!” って(笑)

──佐野さんらしいですね(笑)

「誕生日でしたし本人があまりにも食べたがるので、弟子が病室で作ったラーメンにお湯を足して薄めて食べさせたら “薄いなぁ。こんなもん店に出してんのか?” って(笑)そんな文句を言いながらも、なんとか5~6本ほど食べて、満足気でした」

──ラーメン以外だと、どんなことに興味や関心を……

「何もない!(笑)とにかくラーメンのことで頭がいっぱいの人。趣味も仕事もラーメンだけど、ビジネスとしてラーメン屋をやっている意識は持っていませんでしたね」

──普段は、どういった人柄でした?

「几帳面。純粋。お茶目。良い食材を見つけてくると、目をキラキラさせて「こんなの見つけたよ~!」という表情を見せるような人でした」

・佐野実が目指した味、『支那そばや』の今後

ここで話は、佐野実さんが目指したラーメンの真髄、そして節目を迎えた『支那そばや』の今後についても及んだ。

──最近のラーメンは多様化していて、個性的な味が多い。煮干し、貝、海老、鴨……。佐野さんだったら、そうした状況をどう見るのでしょう?

「佐野はどんな味であれ、他店の味にはリスペクトを払っていました。〇〇は邪道、とかそんな考えを持つことはありません。ただ、佐野自身が目指していたのは “どの素材も突出させない味” でした。ありとあらゆる食材を使っても、1つの “丸” にしたかったんです。

だから『支那そばや』のラーメンを食べた人は “何が入ってるんだろう?” と思うはずですが、それはまさしく佐野が目指していた味です。色んな旨味が複合して1つの味になるのが、佐野の理想だったんです」

『支那そばや』のラーメンを食べた人は “何が入ってるんだろう?” と思うはず……これを聞いて、筆者はほっと胸を撫でおろした。本店で食べた、あの説明しがたい絶品スープは そういう設計だったのだ(よかった、よかった)。

そんな『支那そばや』の味は、新横浜の『ラーメン博物館』でいつでも気軽に食べられる……ハズだったのだが?

──『支那そばや』が12月1日をもって「ラーメン博物館」を卒業されました。「ラー博」といえば『支那そばや』と言っても過言ではないほどの看板店だったと思うのですが……!?

「『ラー博』には長らく出店させていただいていましたが、20年という “1つの節目” を迎えたということで卒業することにしました」

──入れ替わりの激しい「ラー博」では異例のロングランナーでした。もう『支那そばや』の味は本店でしか食べられないのでしょうか?

「いえ、実は新店舗オープンに向けて現在、準備中です。ただ新店舗をオープンするというのは、一生に一度の結婚相手を見つけるぐらい大切に、そして慎重に進めるべきことです。立地や店内構造など吟味に吟味を重ねていますので、良い出会いがあり次第、ご報告できるかと思います。乞うご期待!」

・次回予告『支那そばや』が推すラーメン屋は……?

佐野実さんがご存命だったころは365日・24時間、行動を共にしていたという『支那そばや』代表・佐野しおり夫人。食事も全て同じものを口にしていたという徹底ぶりで、その理由は “佐野と同じ舌の感覚を持つため” と語る。そんなしおり夫人が今、推すラーメン屋は?

「同じ神奈川県にある『〇〇〇〇〇〇〇』という店なんですけど、初めてあそこのワンタンメンを食べたときは「うわぁ! 旨っ!!」と感動しました。スープの奥行きとキレ。大好きな醤油感。とにかく美味しかったですね~」

果たして、名店『支那そばや』が推す店とは? 次回をお楽しみに。

Report:ショーン
Photo:RocketNews24.

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