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埼玉県新座市に超ミニサイズの練馬区があるって知ってた? 面白くて思わず学校の地図帳を引っ張り出したくなる『地図帳の深読み』

ダ・ヴィンチNEWS

『地図帳の深読み』(今尾恵介/帝国書院)

 小学生の頃に使っていたあの教科書、もう何年開いていないだろう。というより、まだ実家の押し入れにあるだろうか。あのときに学んだ授業の内容は、常識として定着したか、必要のない知識として脳みその奥深くに封印されてしまった。たぶん後者が大半を占めている。大事なことは、授業以外で学ぶ方が多いからだ。

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 もしまだ学校で使っていた教科書が残っているならば、ぜひ「地図帳」を引っ張り出してほしい。あのときは「社会の授業なんてつまんない!」と思っていただろうが、大人になった今だからこそ面白みを感じることもある。それを再確認させてくれるのが、『地図帳の深読み』(今尾恵介/帝国書院)だ。

■地図帳がひっそりと発する警告

 本書は、学校の先生も教えてくれなかった地図帳の興味深い読み解き方をみせてくれる。たとえば「海面下の土地」の見分け方だ。地図帳はその名の通り世界中の地図を掲載している。陸地の部分は黄緑や黄色、茶色などに色分けして描かれる。読者は色の違いの意味を覚えているだろうか。正解は「海抜に対してどれだけの標高があるか」だ。

 ここで覚えておいてほしいのは、緑色が濃くなるほど海抜0mより低くなること。つまり濃い緑色の土地は特に標高が低いので、洪水が起きたときに水没する可能性が高まる。2019年は不運にも、関東史上最強と謳われた台風15号や台風19号が猛威をふるい、各地で大きな被害をもたらした。もし家を選ぶ前に地図帳を見る機会があったら、もし「濃い緑色の部分は標高が海より低いから、家を建てるときは慎重になろう」という知識があったら、その被害は事前に回避できたかもしれない。

 もちろん今回の場合は土地の標高の知識だけで防げたレベルではない。しかし一助にはなったはずだ。地図帳は押し入れに閉じ込められたまま、ひっそりと警告を発し続けていたのである。

■地図にも掲載できないミニサイズの飛び地

 暗い話題になってしまったので、気分を変えて読者に雑学をご紹介しよう。学校の授業で和歌山県に「飛び地」があることを教わったのを覚えているだろうか。サツマイモみたいな形の和歌山県新宮市と東牟婁郡北山村だ。この2つの地域は、明治時代に起きた廃藩置県による面倒な統廃合を繰り返した末、田辺県、新宮県、度会県など、様々な自治体に属してしまう。最終的に「現在の新宮市と商業的に結びつきが強い」という理由で、飛び地のまま和歌山県に仲間入りしたのだ。

 授業で聞いた飛び地の話は、おそらく和歌山県くらいではないか。実はこの飛び地、地図にも掲載できないミニサイズで各地に点在している。たとえば埼玉県新座市に存在する東京都練馬区。その面積はざっと1750平方メートルで、家が13軒ほど建っている。本体である練馬区西大泉とは55mしか離れておらず、まさしく仲間外れの状況。

 驚くべきことに、たとえ飛び地でも“東京ブランド”が生きており、飛び地の地価は周囲の新座市より2割ほど高いのだそうだ。それなりに理由があるのだろうが、行政もずいぶん面倒なことをする。

■可愛らしいイラストで描かれた各地の名産品

 最後にもう1つだけご紹介したい。読者は地図帳にカメラやロボットのようなイラストが描かれているのを見たことはないだろうか? たとえば大分県の国東半島の東端にはカメラのイラストがある。実はこれ、大分キヤノンの安岐事業所の所在地であり、デジタル一眼レフカメラなどをはじめとする商品を製造している。

 また山梨県忍野村にはロボットのイラストがある。ここは世界の半分のシェアを誇る工業機械用ロボット「CNC装置」を製造するファナックのロボット工場だ。このほか徳島県阿南市は発光ダイオード、滋賀県彦根市は電気カミソリ、北海道北見市はスマートフォンなど、地図帳の遊び心というべきか、各地の名産品をイラストで分かりやすく説明しているのだ。

■出版不況の時代に1カ月で3刷、1万部を突破

 本書は、地図帳の興味深さを再発見する1冊だ。本棚でホコリを被る地図帳を引っ張り出して、「ふむふむ」と読み直すきっかけを与えてくれる。

 この記事では分かりやすい例だけをご紹介したが、本書の深読みレベルは学術書そのものである。たとえば「なぜ四万十川は太平洋を目前にして内陸へ向きを変えるのか」という項目では、「大陸プレートの位置関係で高南台地が隆起したせいだ」と力説。「地図帳で中央分水界をたどってみよう」の項目では、「降った雨が“A地点”と“B地点”に分かれて流れる“ある地点”を見極めてみよう」と説く。辛抱強くない人は学校の教科書のように途中で投げ出すだろう。

 しかし本書、出版不況の時代に1カ月で3刷、1万部を突破している。はじめは「なぜこの本が売れるんだ?」と疑問に思ったが、読むほどに納得した。マニア的な深掘りがなされており、著者で地図研究家・今尾恵介さんの情熱的な文章が魅力的なのだ。きっと一部の人々にはたまらない本なのだろう。進学校や偏差値の高い大学受験を控える子どもに買い与えてもいいかもしれない。

 個人的に、ときどき思うことがある。学校の授業は、子どもが学ぶには早いのではないか。大人になってから学んだほうが楽しめるのではないか。本書を読んでいると、そんな考えがより正しいように思えてくる。

文=いのうえゆきひろ

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