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広島文化学園大・三原 新二郎監督(元・京都外大西監督)「あの20キロを走り抜いたのは、彼がはじめてです」 恩師が語る「大野 雄大(中日ドラゴンズ)」

高校野球ドットコム

 佛教大から2010年・ドラフト1位で中日ドラゴンズ入団。プロ入り9年目を迎えた2019年シーズンは自身初のノーヒット含む9勝をあげ、自身初個人タイトルとなるセ・リーグ最優秀防御率賞(2.58)にも輝いた左腕・大野 雄大投手。現在開催中の「世界野球プレミア12」侍ジャパントップチームにも2015年に続き選出され、2020年・東京五輪での活躍も期待される。

 では、そんな大野投手の高校時代はどんな選手だったのだろうか?今回は京都外大西高に大野投手を導き途中まで監督として指導。今年は広島文化学園大監督として初の中国地区大学リーグ1部昇格と梅林 優貴捕手(北海道日本ハムファイターズドラフト6位)を輩出した三原 新二郎監督に秘話を聞いた。

雄大は学校からグラウンドの往復20キロを3ヶ月走り抜いた

広島文化学園大・三原 新二郎監督(元・京都外大西監督)

 (大野)雄大を始めてみたのは京都市立藤森中の時です。ここは倖田 來未(歌手)とかの出身校でもあるんですが、ここの監督は僕と親しかったので試合を見に行ったんです。

 その時の第一印象は「ええカーブを放るなあ」。ということで京都外大西に進学してもらうようになったんです。

 彼については忘れられない思い出があります。1年生の時、彼はなかなか試合に出る機会がないので、学校からグラウンドまでの10キロを走らせていたんです。しかも学校から最初の7キロは割と平坦なんですが、残りの3キロはかなり厳しい坂道。

 普通であれば音を上げてもおかしくないんですが、雄大はそれを往復。要は20キロを走り続けたんです。「途中で走らなくてもいいけど、いつまで続くんかな」と思ったら3か月間やり抜きました。こんな選手は僕が今まで53年間指導してきた中で後にも先もありません。「すごいな」と思いました。

 僕は彼が2年生の時、定年退職で監督の座から離れましたが。そういったことが彼の基礎になっているし、高校時代の140キロくらいから佛教大で151キロを出す要因になったと思いますね。度胸もありました。今年、北海道日本ハムファイターズから6位指名を受けた梅林優貴(捕手・広島文化学園大4年)も度胸はあるけど、雄大はそれ以上でした。

 加えてアイツは中日ドラゴンズに指名されたこともよかった。当時の監督だった落合 博満さんに「1年間は左肩の治療に専念しろ」と言われたことで大成することができたと思います。彼自身も落合さんには感謝の言葉を今でも言っていますね。

「性格の良さとよく練習する」をこれからも続けてほしい

大野雄大(中日ドラゴンズ)

 僕はよく選手たちに言っていることがあります。「技術の前に人間関係をしかり作ること。そしてよく練習することが大事だよ」と。その意味では雄大は大したものです。自分で練習をしますし、本当に性格がいい男ですから。

 今でも雄大とはよく話をする機会があります。昨年2月に、投手コーチとの関係がよくなかった時期には、僕は電話をして怒りました。「お前、自分の意見を主張するのはいいが、ケンカになるようなことしたらいかん!」って。本人は「もう大丈夫です」とは言っていましたが、結果は0勝です。

 そして今年は2月の中日ドラゴンズ沖縄キャンプ中にたまたま僕が沖縄に行く機会があったので一緒に食事をしました。僕が「今年はどうだ?」と聞いたら雄大は「今年はいままでにないくらい調子がいい」と言ってました。結果はご存知の通り(9勝8敗・防御率2.58で最優秀防御率賞)ですよ。来年早々には京都外大西のOB会で最優秀防御率とノーヒットノーランのお祝いをするつもりです。

 彼は本当に大したもの。自信があっても謙虚に話すので、これからもその姿勢を貫いてほしいですね。

(取材・文=寺下 友徳)

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