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強力打線で巨人に挑むも三たび日本一を阻まれた南海/ホークス対ジャイアンツ日本S激闘史【1953年】

週刊ベースボールONLINE

10月19日から始まった日本シリーズに3年連続で出場したソフトバンク。南海、ダイエー時代を含めて頂上決戦に挑むのは19回目となるが、ここでは過去のホークス対ジャイアンツの日本シリーズでの激闘を振り返っていく。

大混戦を制して3連覇



首位打者を獲得し、パMVPにも輝いた岡本

 1953年2月1日にNHKがテレビの本放送を開始すると、8月28日には日本テレビが民放初の本放送を開始し、テレビ時代の幕が開けた。8月23日には西宮の阪急(ブレーブス)対毎日(オリオンズ)の試合がNHKでプロ野球として初めてテレビ放送される。球場に行かなくてもプロ野球が観戦できるようになったわけだが、国産で初めて発売された白黒テレビの価格が17万5000円。この値段ピンとこないだろうが、当時のサラリーマンの平均年収ぐらい高価なもので庶民には高嶺の花。野球観戦をするには、やはり球場に足を運ばなければならなかった時代だ。

 リーグ3連覇を目指す南海は山本一人が監督に専念。陣容にあまり変化はなかったが、開幕5連勝のスタートを切り、4月後半から5月にかけて首位争いをしたのは近鉄(パールス)で、5月後半になると近鉄に代わり大映(スターズ)が首位争いに絡んできた。夏場には阪急も加わり、三つ巴の優勝争いが展開された。最後は底力のある南海が無事に3連覇を達成したが、シーズン中28回も首位が入れ替わるという大混戦だった。

 南海は常に首位争いの輪にいたが、抜け出せなかったのは投手陣の誤算があった。投手の軸だった江藤正、服部武夫が前年の2ケタ勝利から未勝利に終わり、エースの柚木進が2カ月間の戦線離脱。それでも2年目の若手の大神武俊が19勝、井上慎一が14勝と救世主が現れた。

 前年、レギュラーを獲得した岡本伊三美が打率.318で首位打者とMVPを獲得。岡本ほか、堀井数男、蔭山和夫、島原輝夫、飯田徳冶の5人が打撃ベストテンにランクインする強力な打線は売りだった。

 10月6日にリーグ優勝が決定し最終戦は7日。中1日の9日から日本シリーズが始まる予定だったが、その日が雨で中止になり10日の開幕となった。相手はもちろん3年連続で巨人。この年は日米野球が行われるため移動日なし。1、2、5戦を大阪、3、4、7戦を後楽園、6戦を甲子園で行うという大阪と東京を3度行き来する強行軍だった。また第3戦を除いてNHKと日本テレビで生放送され、シリーズのテレビデビューの年でもあった。

宿敵・別所に初めて黒星をつけるも……



日本シリーズ開幕式で入場する南海ナイン

 大阪でスタートした第1戦。南海は初回、先発の大友工から島原、岡本、飯田、堀井の4連打で2点を先制。2回に1点を還されるが、6回に島原のバントヒットで出塁し一死一、三塁のチャンスのところで、巨人は大友から別所毅彦にスイッチ。堀井の内野ゴロの間に1点を追加し2点差とした。南海は6回途中から先発の大神に代え、柚木をマウンドに送るが7回に1失点。9回にも1点を失い土壇場で追いつかれ試合は延長戦に突入。

 南海は延長10回、二死二塁から蔭山が二塁へ内野安打を放ち、二走の俊足・木塚忠助が一気に本塁へ突入したがタッチアウト。11回にも一死一、三塁から堀井の二ゴロで三走・森下正夫が本塁を突くがタッチアウト。なかなか勝利に手が届かなかった。延長12回、南海は一死満塁のチャンスをつかみ、代打の村上一治が左前にサヨナラ打を放ち勝利。3度目のシリーズで初めて初戦をものにするとともに、宿敵・別所にも初めて黒星をつけた。

 第2戦は6回まで2対1とリードしていたが、7回に先発の中村大成が突然崩れ、与那嶺要、千葉茂、南村不可止に3連続本塁打を浴び4失点。3対5で敗れた。


第3戦の3回、投手の中原が本塁打を放ち同点に追いついた

 後楽園に移動した第3戦は巨人が初回に1点を先制するが、南海は3回に投手の中原宏に一発が飛び出し同点。しかし巨人が5回に1点を挙げ勝ち越すと、南海は8回に島原の二塁打で同点と息詰まる試合だったが、雨による2度の中断があり、9回表一死でシリーズ史上初のコールドゲームとなり引き分け。この雨が水を差した形となったのか、南海は第4戦に大友、第5戦は入谷正典に連続完封負けを喫し王手をかけられた。

 甲子園で行われた第6戦は、南海が3回に天敵・藤本英雄から簑原宏が2点タイムリーを放ち先制。この2点を大神が9安打を打たれながら0点に抑え2勝3敗1分けとした。

 第7戦、南海は1点を先制されたが、6回に七番・松井淳、九番・木塚の一発で逆転し別所をKO。しかし7回にリリーフしていた大神が打ち込まれ3失点。2対4で惜敗し、三たび巨人の壁を打ち崩すことはできなかった。

 このオフ、京都の峰山高から一人の捕手がテスト生として入団した。たいして期待もされなかった野村克也は、その後、「打倒・巨人」を成し遂げる重要な駒となっていく。

写真=BBM

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