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3Dテクノロジーの先駆けとなったミズノプロ グラブが誕生するまで 久保田憲史執行役員

高校野球ドットコム

 プロ野球をはじめ、高校野球など多くの年代層から人気のミズノプロ。2019年に30周年を迎え、1つの節目となったことを記念し、特別企画でミズノプロに携わったグラブ企画の担当者にインタビューし、当時の話やその時の思いについて語っていただいた。

 今回は、ミズノプロの初期に企画担当だった久保田憲史執行役員にお話を伺った。

~ミズノプロ30周年・グローバルエリート10周年記念特集~
第1弾…3Dテクノロジーの先駆けとなったミズノプロ グラブが誕生するまで 久保田憲史執行役員
第2弾…3Dから4Dテクノロジーへ。進化を遂げたミズノプロ 寺下正記次長
第3弾…「自分の手のようにグラブを動かしたい」イチローのニーズは全プレイヤーのニーズ 柳館宗春さん 
第4弾…進化のカギは「旧シリーズを超えろ」。スピードドライブテクノロジー開発秘話 石塚裕昭さん
第5弾…野球界の進化に比例してミズノプロも進化を続ける 須藤竜史さん
第6弾…ミズノプロに並ぶ、2大ブランドとなる宿命を背負うグローバルエリート

グラブは手の延長でなければならない

久保田憲史執行役員

  久保田執行役員がグラブ企画に加わったのは今から30年前の1989年のことだ。「入社したのが1980年。まず9年間四国で仕事をしていて、1989年からグラブ企画に携わり始めましたが、その時にはミズノプロは既に店頭に並んでいました」

 ミズノプロは1988年の段階で社内の展示会で発表するために、既に完成済み。久保田執行役員は途中から加わることとなったが、ミズノプロができた背景を語ってくれた。

 「元々、ワールドウィンというブランドが発売されており、世間からも評価は受けていました。ただ実際にプロ野球選手が使っているグラブとはポケットの位置が若干違うんです。

 ワールドウィンはウェブの下あたりあるのに対して、プロ野球選手のポケットはグラブ全体。プロの使っているミズノのグラブを、一般用に活せないのはあかんやろ」ということで、プロ野球選手と同じグラブを目指すこととなった。

 そこでミズノプロのコンセプトに「手のひらの形をグラブに再現」を掲げて、とにかくグラブのポケットがボールに対して自然と正面を向けることができるように開発を進めた。
「『グラブは手の延長でなければならない』という考えが一番にありまして、今までのグラブは無理にひねらないとポケットがボールに対して正面を向けることができなかったんです。けど素手なら正面を向けることができるので、グラブでも正面を向けられるようにしよう」と試行錯誤を繰り返してグラブを作っていった。



インタビュー中に笑顔を見せる久保田憲史執行役員

 ただ製作にはかなりの時間がかかり、「前の担当者の時は、波賀工場の人にサンプルを持ってきてもらって、その場で修正点を伝えて作り直してもらう。その繰り返しで、コンセプトができてから2年くらいかかったと思います」と当時の様子を振り返る。

 さらに、「革は傷のない部分を選んで作りましたので、牛1頭からグラブは1、2個くらいしか作ることができませんでした。また縫製がずれているだけで販売ができないなど仕上げも厳しかった」と厳しい品質管理があったことを久保田執行役員は語る。

 しかしそこには「本当に良いもの作って、トップの人に信頼されるものを作ろう」という高い品質を求める1つの信念があった。だからこそ試行錯誤を繰り返し、ミズノプロという最高峰のグラブができたのだった。

最高のコンセプトのもと、最高の材料と技術でできた最高峰のグラブ。それがミズノプロ

インタビュー中の久保田憲史執行役員

 こうした苦労の末、D-UPゾーンの名称がついたミズノプロはヒットしたが、1999年から新たなグラブをミズノプロは販売を始める。それが3Dテクノロジーであり、久保田執行役員が本格的に携わったグラブである。

 「プロ野球選手が使っていて一番良い状態のグラブを最初から作ろう」という発想からコンセプトに『すでに使い慣れたポケット形状』を掲げて製作がスタートした。
「普通はカチカチのグラブを理想の型にするために、柔らかくしながらポケットを作ると思うんです。けど3Dテクノロジーのミズノプロは既に型ができているので、すぐに使えるんです。これがお客様には好評でした」

 ただこのグラブを形にするために、グラブに目印となるポイントを付けて2台のカメラを使って様々な角度から撮影。当時はまだ3D技術がなかったため、こうした方法で3次元のポイントを割り出して、プロ野球選手が使っていて一番良い時の型を再現した。

 ただ、データをもとにグラブを再現することに苦労したことを久保田執行役員は振り返る。「平らなグラブであれば、革をパーツごとに裁断するだけなので簡単なんです。ただ3Dはポケットが深いので、最初から再現するために革をすぼめるんです。この時にしわができてしまい、そのしわをお客様が気にされるので、難しかったですね」

 この問題を波賀工場との二人三脚で試行錯誤を繰り返すこと2年で、ようやく違和感ないグラブが出来上がった。こうして3Dテクノロジーのミズノプロは世間に広く浸透し、久保田執行役員は1996年途中からグラブ企画から離れることとなった。



当時担当したグラブを手に笑顔を見せる久保田憲史執行役員

 しかしD-UPゾーンが大ヒットしている中、どうして3Dテクノロジーという新たな挑戦を試みたのか。この疑問に対して久保田執行役員はこう語る。
「ミズノプロというブランドを維持、そして向上させるためには新しい挑戦をしないといけないんです。他社からも目標にもされますので。ですので、他のブランドは色や型を変えるだけのところ、ミズノプロは定期的に大きなモデルチェンジをします」

 2019年でミズノプロは30周年という節目の年を迎えた。最後にこれからのミズノプロのあるべき姿を久保田執行役員に答えてもらった。
「最高のコンセプトのもと、最高の材料と技術でできた最高峰のグラブ。それがミズノプロであり、これからも曲げてはいけないと思います。たとえ曲げようとしても営業やお店、そしてお客様が許さないと思います。それだけ認知をされていますし、信頼を勝ち得ている。それを裏切ってはいけないですし、妥協をしてはいけないです」

 今は執行役員という立場だが、グラブ企画という役割について聞くと、「ミズノの野球ビジネスをリードしてきているんです。それだけ野球ビジネスを支えていますし責任があるので、プレッシャーもあります」と語る。しかし、「全体をまとめという役割なので、開発部隊や波賀工場とかと話し合っていろんなアイディアをもらいました」と周りの支えがあってのグラブ企画だと話してくれた。

 ミズノの最高峰のグラブ・ミズノプロは妥協を許さないモノづくりの精神。そして最高のグラブを届けようとするプロ意識が支えられていた。

(記事=編集部)

~ミズノプロ30周年・グローバルエリート10周年記念特集~
第1弾…3Dテクノロジーの先駆けとなったミズノプロ グラブが誕生するまで 久保田憲史執行役員
第2弾…3Dから4Dテクノロジーへ。進化を遂げたミズノプロ 寺下正記次長
第3弾…「自分の手のようにグラブを動かしたい」イチローのニーズは全プレイヤーのニーズ 柳館宗春さん 
第4弾…進化のカギは「旧シリーズを超えろ」。スピードドライブテクノロジー開発秘話 石塚裕昭さん
第5弾…野球界の進化に比例してミズノプロも進化を続ける 須藤竜史さん
第6弾…ミズノプロに並ぶ、2大ブランドとなる宿命を背負うグローバルエリート

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