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“監督”金田正一がロッテに遺したもの

週刊ベースボールONLINE


1974年に金田正一監督はロッテを24年ぶりの日本一に導いた

 400勝左腕、不滅の大投手である金田正一氏が10月6日に死去した。投手としての伝説と偉業についてはあらためてここで記すまでもないが、ロッテというチームの歴史においては1973~78、90~91年と2期8年にわたり務めた“監督”として、その名が刻まれている。

 現在の指揮官である井口資仁監督が就任する際、「レギュラーシーズンの勝率1位という意味では、ロッテは最も長く遠ざかっている。まずパ・リーグで一番になること。そこを目指していく」と決意を口にしていた。

 井口監督が語ったロッテの最後のレギュラーシーズン勝率1位。それは金田監督時代の74年のことだ。この年、ロッテは後期優勝を果たすと、プレーオフで前期優勝の阪急を破ってリーグ優勝。中日との日本シリーズも制して24年ぶりの日本一に輝いたが、前期後期の通算勝率でも1位だった。

 当時、金田監督の下でプレーしていたロッテのレジェンドである有藤通世氏は「食事の取り方やコンディションの作り方など本当にきっちり選手にやらせていた」と振り返り、山崎裕之氏も「プロはそれだけ体に気をつけなければならないということを選手にたたき込んだ。勉強になったし、球界でも先駆けだったかもしれない」と話している。

 一方で、有藤氏は「早い回に点を取られると『ああもうダメだ。今日はダメだ』ってベンチでやっちゃうから、選手たちはたまったものじゃなかった。山崎といっしょに『ちょっと監督、少し黙っていてください』と言ったことがあるよ」とも語っていた。チームを24年ぶりの日本一に導いた指揮官ではあったが、あきらめの早さが玉にキズだったようだ。

 指揮官としても抜群の個性派だった金田氏に率いられたロッテが、レギュラーシーズン勝率1位を記録してから来年で46年になる。その遺志を継ぎ、46年ぶりの勝率1位=リーグ優勝、そして日本一を偉大なレジェンドへ捧げたい。

文=杉浦多夢 写真=BBM

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