村上龍 | 小説とはデータであり、情報である。

村上龍 | 小説とはデータであり、情報である。
小説とは情報である。かねてからインタビューなどでそう発言してきた村上龍さん。今回の『オールド・テロリスト』も、社会背景から各シーンのディテール部分まで、じつに膨大な情報が詰め込まれています。そしてその緻密な世界観は、綿密な取材によって構築さるもの。ここでは、『オールド・テロリスト』執筆にあたっての舞台裏を繙いていきましょう。
村上龍
すぐそこにある危機に対する見方

――高齢者の持つポテンシャルに着目されたことが、『オールド・テロリスト』の着想につながったというお話がありました。そこで高齢者たちを動かす題材として、「テロ」を選択されたのは、何かきっかけがありますか?

村上龍 (以下、村上)単純に、老人がテロリストになるという設定は面白いかもしれないと思いついただけのことですよ。作品の中でも書いていますが、今、原子力発電所のセキュリティはだいぶ厳重になっているようですが、それでも、使用済み核燃料のプールにダイナマイトを投げ込んだらどうなるかという指摘は、誰もしません。わざわざ言うことじゃないのかもしれないし、私もあまり言いたくないことですが、破壊力の大きな爆弾に耐えられるほど分厚い壁に覆われているわけではないですから、そういう可能性も描けるわけです。

――物語の中で、ある人物の言葉として、使用済み核燃料の貯蔵施設について次のような記述があります。「地震や津波に対しては、相当の配慮がなされているはずです。ですが、対戦車用の徹甲弾が撃ち込まれることを想定しているかどうか、どうですかね、疑問ですね。(中略)対戦車用の徹甲弾は、五十センチのコンクリートだったら、どうでしょうかね、貫通しますかね」。こうしたシミュレーションはあまりにもリアルで、薄ら寒い気持ちにさせられました……。

村上そういう意見もあるということですよ。こうやっていとも簡単に突破されてしまうようなものだと、警告したいわけではありません。書き手の側としては、本作を読んでそういった感想を持っていただければ、それでいいんです。また逆に、「そんなことは不可能だ」と言う人がいてもいい。読む人によって感じるものが違うのは当たり前のことだと思っていますので。

――こういう、普通に暮らしていくうえで目を逸らしたくなる可能性を、ずばり抉るのは、これまでの村上さんの作品にも見られる特徴ですよね。

村上本人としては、そんな大袈裟な意味合いを込めたつもりはないんです。ただ、ひとつ言えるのは、小説の中にあるのは何らかの解答ではなく、“問い”だということ。その問いに対して、結果的に読者が自分なりの答えを探すようになればと思って書いてます。

村上龍

――なるほど。村上さんは以前から、「小説とは情報である」と発言されてきましたが、まさしくそうした情報が “問い”になっているわけですね。

村上そうですね。小説とはデータであり、広義の情報であると考えています。どんなに優れた小説でも、どんなにつまらない小説でも、あるいは私たちがインターネット上で検索するものも、すべて情報です。それをいかに物語に組み込んでいくのかが重要。ただ、「小説には思想がある」みたいなことを言ってしまうから、ややこしくなるんですよね。

――作中で高齢者のテロリストの1人が、マスコミへの不信感を露わにするシーンがあります。ここで語られている“彼らは弱者の側に立つと言いながら、平均して最も高額な給与を得ている”といったセリフもまた、村上龍という作家の視点を通した情報ですよね。折しも言論弾圧が話題になっている昨今、意味深く感じました。

村上私自身、これまであちこちでマスコミ批判をやってきましたけど、本当は今さらあらためて語りたいことではないんです。ただ、物語の中でキャラクターがこう言っているのは、少なからず自分の意見が反映されているのは事実。このテーマは『JMM(ジャパン・メール・メディア)』というメールマガジンをやっていた頃から散々やってきたものの、昨今、マスコミを取り巻く問題はいっそう捻れてしまっています。もはや、こうしたインタビューの一角でさらりと語れるものではなくなってしまった印象です。

間近に見た88ミリ対戦車砲の迫力

――ところで、作中に登場するドイツ軍の88ミリ対戦車砲は、実際に現物をご覧になったそうですね。

村上海洋堂の宮脇修一社長が本物を所有しているというので、ぜひ見せてほしいとお願いしたんです。ちょうど、年に何度かは倉庫から出して点検するそうで、日取りを合わせて駆けつけたのですが、さすがにすごい迫力でした。もともと戦記ものの番組など、好きでよく見ているので、形状は知っていましたが、さすがに実物を目の前にすると圧倒されますよね。

――そこで得たインパクトが、作中に生かされている、と。

村上旧ドイツ軍の兵器というのは、戦車でも何でも非常に性能が優れているんです。ただ、あまりに精巧すぎて大量生産に向かず、結果として、Tー34という戦車を大量生産できたソ連のほうに分がありました。たとえばアメリカなら溶接しちゃうパーツも、ドイツはすべてボルトで留めたりする。おかげで分解掃除が楽で、長く機能を維持でき、今回のように現代に蘇らせることだって現実的に可能らしいです。もっとも、そんなことをやっているから戦争に勝てなかったんだと言う軍事マニアも多いみたいですけど。

――綿密な取材に基づく筆致は、村上龍作品の魅力のひとつです。過去、とりわけ取材に苦労されたのはどの作品ですか。

村上難しいけど、強いてあげるなら『半島を出よ』ですかね。実際に北朝鮮にも行ってみようと計画していたのですが、経由地の中国でSARSが流行りだしたため、断念したんです。代わりに、中国の朝鮮族を訪ねるプランもありましたが、これもやはりSARSの影響で実現できず。結局、ソウルに脱北者のコミュニティがあるというので、話を聞きに行きました。もっとも、実際には北朝鮮へ渡れていても、統制が厳しくて庶民の暮らしを見ることはできなかったでしょうけどね。

村上龍

――今回の『オールド・テロリスト』も、相当な苦労があったことと思います。

村上いや、取材については特別な苦労はしてないんですよ。取材源を明かすことはしませんが、本当に多くの人に有益な話を伺うことができました。

――3年かけて連載を続ける途中では、ISISが登場したりもしていますが。

村上彼らはテロ組織ではなく国家創設を目指す軍事組織ですから、作中ではアルカイーダを題材に組織論を展開しています。ピラミッド型ではなく、アメーバ型の組織が、立ち上がった後期高齢者たちとどう通ずるのか、というお話です。

構成:友清哲、撮影:吉澤健太

更新日:2016年1月8日

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