劇団四季の新作ミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』観劇レビュー ~一歩踏み出した先に見えるもの~

劇団四季の新作ミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』観劇レビュー ~一歩踏み出した先に見えるもの~
劇団四季ミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』が2019年4月20日(土)より全国巡演中だ。 本作...


劇団四季ミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』が2019年4月20日(土)より全国巡演中だ。

本作は四季が26年振りに送りだした新作オリジナルファミリーミュージカル。チリの小説家、ルイス・セプルベダの同名児童小説をモチーフに制作し、演出をはじめ、クリエイティブスタッフのほぼすべてを劇団内からピックアップしたエポックメイキング的な作品でもある。


劇団四季『カモメに飛ぶことを教えた猫』(撮影:上原タカシ)



舞台はドイツ・ハンブルク。美しい港町で暮らす黒猫のゾルバは、黒い油の波にのまれ、息も絶え絶えになっている雌のカモメを発見する。そのカモメはゾルバに卵を託し「このヒナがかえるまで面倒を見て」「そしてヒナに飛ぶことを教えて」と懇願して絶命。ゾルバは困惑しながらも彼女に自らの母親の姿を重ね、ヒナを育てることを決意するのだが、仲間たちの反応は厳しいものだった。

そんな中、目的を果たせなかった時はしっぽを切り落とし町を追放される「しっぽの誓い」の行使を猫のまとめ役・大佐が提案。ゾルバはそれを承諾し、かえったヒナにフォルトゥナータ(=幸運な者)と名をつけ彼女を育てていく。自分のことを猫だと思い込みながら成長するフォルトゥナータを見て、飛ぶことを教えねばと決意するゾルバ。だが、その方法を知るチンパンジーのマチアスはゾルバたちを憎んでおり、フォルトゥナータに飛ぶ方法を教えるのと引き換えに、ゾルバのしっぽを要求するのだった――。

ファミリーミュージカルといえば、その名の通り”家族で楽しめる”ミュージカルである。だが、特に本作は子どもだけでなく、大人の心にも強く響く作品であると感じた。


劇団四季『カモメに飛ぶことを教えた猫』(撮影:上原タカシ)



その大きな理由のひとつが物語の中で並行して描かれる「無垢なもの」と「傷付き捻じれたもの」の対比と融合だ。

前者はもちろん、猫たちに育てられるカモメのフォルトゥナータの存在。彼女は周囲からの愛情ゆえに自分をカモメではなく猫だと思い込み、飛ぶことができない。マチアスに「あいつらはお前を食べるつもりだ」と嘘を吹きこまれ、その誤解が解けてからも羽を使うことの恐怖が勝つ中、自分をゾルバに託して死んだ母への思いと、リスクを背負って育ててくれたゾルバへの気持ちがエネルギーとなり、大きな一歩を踏み出す。

後者は敵役とも言えるチンパンジーのマチアス。学者猫の館に居つく彼は、曲芸飛行のパイロットとともに喝采を浴びた過去の栄光にすがって生きており、今の暮らしや日常に不満だけを抱いて生活している。マチアスの胸に渦巻く感情は「どいつもこいつも自分を馬鹿にしやがって」「俺が送るべき人生はこんなものじゃないはず」「昔はよかった」「憎い、苦しい」etc……。

フォルトゥナータの挑戦は愛情に支えられたある種シンプルなもので、作品に触れる子どもたちはここに心を寄せ、全身で彼女を応援するのだろう。

が、マチアスのそれはもっと複雑だ。自分を馬鹿にし、蔑んできた者に歩み寄る葛藤、過去の自分への決別、もしかしたらまだ変われるのではないかというひとすじの希望。痛い。多くの大人たちが経験してきた胸の痛みをマチアスが体現する。


劇団四季『カモメに飛ぶことを教えた猫』(撮影:上原タカシ)



また、主人公のゾルバもただ明るく、前向きで優等生というキャラクターではない。過去に自分の不注意から母親を死なせた傷を負い、フォルトゥナータを育てることで次第にその傷を乗り越えていく。父性とは無縁だったひとりの若者が、ひとつの出会いから成長し、自分の身を犠牲にしても大切な相手を羽ばたかせよう、いるべき場所に還そうとするその姿に私たちは力をもらうのだ。

子どもと大人とでその経験値から明確に視点が異なる中、それぞれが深い気づきと感動を得る。そこにこの『カモメに飛ぶことを教えた猫』の深さがあるのだと思う。

個人的には観劇するうちに猫やカモメ、チンパンジー、猫に恨みを持ち、マチアスの手下として動くねずみたちが戦争や内戦で傷付いた人間にも見え、子どもを捕食対象(=敵)である相手に託し息絶える母親や、華やかに活躍した時代から落ちぶれ、酒に逃げる男の悲哀に心を寄せた。


劇団四季『カモメに飛ぶことを教えた猫』(撮影:上原タカシ)



ゾルバ役の笠松哲朗は真っ直ぐな芝居と確かな身体能力で舞台の芯に立つ。フォルトゥナータへの接し方に戸惑いながら、他者のために生きる道を見つける青年を好演。

フォルトゥナータ役の横田栞乃は型に捉われ過ぎると作品の質の低下を招く恐れもあるこの役柄をまっすぐチャーミングに演じる。

本作で重要な役割を担うマチアス役の町田兼一も『アラジン』イアーゴやオマールとは一味違った大人の役をしっかり構築。曲芸飛行のパイロットとともに輝いた時代の古びたポスターを切なく見つめる視線が印象に残った。


劇団四季『カモメに飛ぶことを教えた猫』(撮影:上原タカシ)



作品にいくすじも流れるメッセージを受け止めながらふと思い出す。そういえば自分も小学生の時に日生劇場での招待公演・劇団四季『嵐の中の子どもたち』を観て、同級生と感想を話し合ったり、舞台の真似をしたりしたなあ、と。

しっかりした技術と高度なクリエイションをもって、子どもたちに「勇気をもって一歩踏み出すことの大切さ」を伝え、大人にも多くのギフトを届けてくれる本作。まさに年齢を問わず楽しめる”ファミリーミュージカル”だ。

(文中のキャストは筆者観劇時のもの)

取材・文=上村由紀子

(更新日:2019年5月13日)

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