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モネやゴッホも愛した風景画家の魅力に迫る、『シャルル=フランソワ・ドービニー展 バルビゾン派から印象派への架け橋』レポート

SPICE

19世紀フランスを代表する風景画家、シャルル=フランソワ・ドービニーの画業を、国内ではじめて本格的に紹介する展覧会『シャルル=フランソワ・ドービニー展 バルビゾン派から印象派への架け橋』が、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて開催中だ(会期:〜2019年6月30日)。


会場エントランス



本展は、印象派の先駆者とも位置付けられるドービニーの、初期から晩年までの作品約60点より、ドービニーの活動を年代順にたどるもの。さらに、バルビゾン派の画家カミーユ・コローや、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベ、風景画を描いた息子のカールなど、周辺の芸術家たちによる作品約20点も併せて紹介される。


右:シャルル=フランソワ・ドービニー 《オワーズ川のほとり》 1865年 千葉県立美術館蔵



アトリエをしつらえた船を購入し、セーヌ川を旅しながら絵を描く手段は、のちに印象派の画家クロード・モネにも影響を与えることになる。河川の情景を素早いタッチでみずみずしく描いた作品は、「水辺の画家」としてドービニーの名声を確立した。一般公開に先立ち催された内覧会より、見どころをお伝えしよう。


展示風景



初期に描いた歴史的風景画も

序章では、ドービニーと同時代の仲間たちの作品が展示される。なかでも、実際の自然の風景に基づいて風景画を描いたバルビゾン派のカミーユ・コローとドービニーは、20歳近くの年齢差がありながらも、生涯に渡り友情を育んだそうだ。1861年に、ドービニーがオーヴェール=シュル=オワーズにアトリエを構えた際も、コローは室内の壁画装飾を手がけている。


左:カミーユ・コロー 《地中海沿岸の思い出》 1873年頃 ランス美術館蔵


左:ヴィクトール・デュプレ 《水飲み場の動物たち》 1848年 ランス美術館蔵



また、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベは、ドービニーとほぼ同年代の芸術家であり、実際にドービニーとの交流もあったようだ。


左:ギュスターヴ・クールベ 《岩壁、モミの木、小川》 ランス美術館蔵 右:オノレ・ドーミエ 《画家》 1867年頃 ランス美術館蔵 



会場の前半には、ドービニーが初期に描いた風景画も出品されている。


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《風景習作》 ランス美術館蔵



風景画家の父を持つドービニーは、幼い頃から自然と絵を学ぶようになり、10代後半から、本格的に先生に師事して絵を習うことになる。はじめは政府主催の官展(サロン)に歴史的な主題の作品を描き応募していたが、度々落選。次第に、風景画を描くようになったという。19世紀フランスの中央画壇の傾向について、小林晶子氏(東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 主任学芸員)は以下のように説明した。

「当時は、絵の種類に階位付け(ヒエラルキー)が存在していた。歴史画や宗教画が高い位置にあり、風景画や静物画は低い位置にありました。前者を描くには高い教養が必要となるため、歴史的な絵画を描くほうが、ステータスがあった。おそらくドービニーも、最初は宗教画のような作品を描きたかったのだと思います」

本展では、キリスト教の聖人を描いたドービニーの初期作品《聖ヒエロニムス》が展示されている。


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《聖ヒエロニムス》 1840年 アミアン、ピカルディー美術館蔵 右:同画家 《風景》 ベルネー市立美術館蔵



旅する画家・ドービニーが描いた水辺の風景

サロンへの落選が重なり苦労の続いたドービニーだが、1850年代を通してサロンに出品するようになり、大型の作品が徐々に増えていく。この頃のドービニーの評価について、小林氏は「写実的に描ける画家として、技術的な高さが評価されたことが、サロンで活躍できる要因になったと考えられます」と語った。


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《リヨン近郊ウランの川岸の眺め》 1848年 カルカッソンヌ美術館蔵 右奥:同画家 《オプトゥヴォスの池》 1849年頃 ランス美術館蔵


シャルル=フランソワ・ドービニー 《池と大きな木のある風景》 1851年 大成建設株式会社蔵



1857年には、アトリエ小屋を備え付けた小さな船「ボタン号」を購入。1868年には、新たに大型の船「ボッタン号」を入手している。ドービニーは船内に画材を積み込んで、セーヌ川やオワーズ川(セーヌ川の支流)を航行しながら、数多くの河川風景を制作するようになる。


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《オワーズ川の中州》 1860年頃 公益財団法人村内美術館蔵 右:シャルル=フランソワ・ドービニー 《ボッタン号》 1869年頃 個人蔵



自らアトリエ船を仕立てて、実際に自然の風景を目の前にして描く現場主義のスタイルは、イーゼルを外に持ち出して描いた印象派にも影響を与えたとされる。特に、クロード・モネにおいては、ドービニーに倣って、船上で制作できるアトリエ船を使っている。ドービニーの作品に見られる特徴について、小林氏は以下のように解説した。


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《オワーズ河畔》 1865年頃 ランス美術館蔵



「作品をよく見てみると、素早いタッチで水鳥や泳いでいる人が描かれている。ドービニーは、少ないタッチでものを表現することが非常に巧みだった。こうした技法的な部分も、のちの印象派につながっていくところだと思います」


左手前:ダニエル・ラスカン(シャルル=フランソワ・ドービニー末裔) 《ボタン号の模型》 2006-07年 個人蔵 右奥:シャルル=フランソワ・ドービニー 《オワーズ川の中州》 1860年頃 公益財団法人村内美術館蔵



会場にはドービニーの末裔によって再現された、ボタン号の模型も紹介されている。また、ドービニーの写生旅行を版画にしたシリーズ《船の旅》には、船上の様子をうかがう魚やカエルが描かれ、ボタン号での道中を面白おかしく物語化した場面を楽しむことができる。


上:シャルル=フランソワ・ドービニー 版画集「船の旅」 1862年 個人蔵 下:同画家 「船の旅」の原版 1862年 ドービニー美術館蔵


右:シャルル=フランソワ・ドービニー 水夫見習いの出発を祝う魚たち(版画集「船の旅」より) 1862年 個人蔵



晩年の作品から、ゴッホに影響を与えた版画まで

サロンでの好評により「水辺の画家」ドービニーの存在が認知されていく一方で、一部の批評家からは、「タッチが荒っぽい、作品が仕上がっていない」などの批判を買っていた。これらの批判は、のちに印象派の画家たちが批判される内容と同様のものだったが、すでにこの頃、サロンで審査員を務めていたドービニーは、「印象派の画家たちにとって、勇気づけられる存在だったのではないか」と小林氏は語る。


右:シャルル=フランソワ・ドービニー 《オワーズ河畔の牛》 1865年 個人蔵



また、ドービニーの作品には構図が似たものが多いことをふまえて、「サロンに出品し、賞をとった作品は後々同じ構図の注文が入る可能性があった。似た構図が多いのは、ドービニーが一般にも高く評価され、人気のある画家だったとも考えられます」と、小林氏。


右:シャルル=フランソワ・ドービニー 《ブドウの収穫》 1863年頃 個人蔵


左:シャルル=フランソワ・ドービニー 《ポルトジョアのセーヌ川》 1868年頃 個人蔵



会場後半には、これまでドービニーが描いてきた横長の牧歌的な風景から、荒々しいタッチへと変化する晩年の作品が紹介されている。さらに本展では、ドービニーの版画3点が、終盤に展示される。フィンセント・ファン・ゴッホは、流通した版画を通してドービニーの作品を知った画家であり、小林氏は「写真のなかった時代に、版画が重要な画家同士をつなげる絆になった」と話した。


右:シャルル=フランソワ・ドービニー 《にわか雨》 1851年 ドービニー美術館蔵



生前2人が出会うことはなかったが、ゴッホは亡くなる直前に《ドービニーの庭》(ひろしま美術館蔵)と題する作品も残している。

また、「ボタン号」の見習い水夫でもあった長男のカールは、父と同様に風景画家として活躍した。本展では、息子のカールが描いた作品も、併せて見ることができる。


右:カール・ドービニー 《川岸》 1881年 ランス美術館蔵



『シャルル=フランソワ・ドービニー展 バルビゾン派から印象派への架け橋』は、2019年6月30日まで。画家と同じ視点で、船上や水辺から見える風景を楽しめるような機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

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