ヨルシカ「だから僕は音楽を辞めた」で“僕”は音楽を2度辞めている

ヨルシカ「だから僕は音楽を辞めた」で“僕”は音楽を2度辞めている
透明感の中にどこか力強さのある歌声とメッセージ性のある歌詞に惹き込まれる。何かを続けるということは、簡単なようで難しいこと。それは好きなことであっても同じだ。歌詞中に登場する“僕”が続けていた音楽を辞めてしまった理由とは一体何なのだろうか?

いつも側に音楽のある生活



透明感の中にどこか力強さのある歌声と、曲が特徴的なヨルシカ。
『だから僕は音楽を辞めた』というセンセーショナルなタイトルの楽曲について、辞めた理
を歌詞から解明していこう。
  
タイトルにもあるように、この歌詞の背景には音楽があるということは間違いない。そして音楽が好きで続けてきた“僕”と、一緒に音楽をやってきた仲間である“君”という2人の人物が登場する。

「辞めた筈のピアノ」「何度でも君を書いた」という歌詞から、“僕”はピアノなどの楽器を使用して
作曲や作詞を中心に行っていたことが分かる。そして“君”はボーカルとして、“僕”の作った楽曲を歌い、2人で音楽を生み出していたのだ。

不器用な“僕”の“君”への想い




「何度でも君を書いた」という歌詞から、“僕”は音楽を一緒にやるパートナーであった“君”に対し、少なからず好意を抱いていたのではないかと思う。けれど不器用な“僕”は直接想いを告げることができず、歌詞に募る想いを書いていたのだ。


想いを告げることはないまま、“僕”と“君”が音楽を一緒にやることができなくなる日が訪れる。

“君”は遠くへ行ってしまった。





“君”が離れていってしまう前に、「音楽はしてないといいね」と“僕”が放った皮肉めいた
言葉に“君”は困った。
““君”と一緒に音楽をやることができないなら、音楽をやっていてもしょうがない”という本心の裏返しから、こんな言葉が出てきてしまったのだ。

“君”がいなくなって音楽を辞めた後も、大好きだったピアノを無意識に弾く動作をしてしまう。
“僕”にとって音楽と“君”はとても大切なものであったことに気づく。



“君”と一緒に音楽をやっていた日々が懐かしく、“あの頃は楽しかったな”と思い出すことも多い。
そんな“僕”の回想シーンが描かれた歌詞から、怒涛に溢れ出す感情が表現されたサビに移る。

何にも満たされなくなってしまった“僕”の中で、世の中や他人に対して不満をぶつけてしまいたいぐらいの怒りに似た感情と、自暴自棄になり全部どうでも良くなってしまった心理が表現されている。

しかし“僕”が本当に怒りをぶつけたいのは世の中や他人なんかじゃない。
現状を作り上げた自分自身に怒っているのだ。“君”が自分の側からいなくなってしまった悲しさ、“君”がいなくなったからという理由で音楽を辞めた自分。戻れない過去への未練によって、昂った感情が歌詞から読み取れる。

音楽を辞めた後に訪れる未来はどうなっているのか?




月日が経過し、“僕”はまた音楽をすることにした。そして“僕”の手掛けた音楽は世に出回るようになり、多くの人が聴いてくれるようになる。
いつしか“売れる曲を作らなくては”という想いで、音楽を作っている自分がいた。

何度でも君を書き、売れる売れないなんてことを考えずに、ただ純粋に音楽を作ること楽しんでいたあの頃の自分はもういない。
今やっていることは、自分のやりたい音楽とは違う事に気付き、“僕”は2度目の音楽離れを決意したのだ。

その後“僕”がどうなったかは歌詞では描かれていない。けれども推測はできる。
立ち止まることがあったとしても、根本的には音楽のことが好きな“僕”のことだから、きっとこの先も音楽が側にある生活をしていくはずだ。

ヨルシカ – だから僕は音楽を辞めた (MUSIC VIDEO)


TEXT 蓮実 あこ

更新日:2019年5月15日
提供元:歌詞検索・音楽メディアUtaTen

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