清野とおる | 赤羽のこと、これ以上知りすぎるのが怖いんです
清野とおる | 赤羽のこと、これ以上知りすぎるのが怖いんです
赤羽の街を舞台とした清野とおるさんの大人気ノンフィクション・エッセイマンガ『東京都北区赤羽』がこのたびドキュメンタリードラマ化。『山田孝之の東京都北区赤羽』(テレビ東京)として絶賛放送中です。赤羽に住む不思議な人、変な人が次々に登場するため、マンガだけ読むと赤羽ってとんでもない街だと思ってしまいがちですが、じつは清野さんのおもしろいものを発見するセンサーに依拠している部分が大きいのです。前編はそのあたりのコツ、赤羽の魅力についてお聞きしてきました。
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清野とおる
 

――『増補改訂版 東京都北区赤羽』1巻43ページより

「求めると、変なことは起こらないんです」

――『東京都北区赤羽』では清野さんは、本当に不思議なものやなんだかわからないものに遭遇する確率が高いですよね。ホームレスのペイティさんとか、謎のリヤカーを引く便利屋さんとか……。

清野とおる (以下、清野) 本当に変なものによく遭遇しますね。僕もなんでなのかわからないんですが。

――変なものに対するセンサーが、一般人より敏感なんでしょうか。

清野別に自分から変なものをガツガツ見つけようと思って歩いているわけではないんですよね。普通に赤羽で生活しているだけで、自分から「ネタになるものないかな」という目で歩いていることってあんまりないんです。

――そうなんですね。

清野でも、本当に普通に暮らしていると二度見三度見するような人やモノが飛び込んできて。いったん「あ、変なものがある!」と気づくとそれにズカズカ入り込んでいっちゃうんですけどね。
 本当に不思議なんですけど「何かおもしろいものないかな」というテンションで探しながら歩くと逆に何にも起こらないですね。こちらから求めると何も起こらないんです。

清野とおる

――マンガにも出てくる人々、変な人やモノに出会い始めたのは、赤羽に住んでからのことなんですか?

清野僕も最初は「赤羽だけかな」と思ったんですけど、他の街でもやっぱり同じことが起こるんですよね。『清野とおるのデス散歩』(白泉社)というマンガを今度出版するんですが、こちらでは他の街も訪ねているんですけど、やっぱり変なものに遭遇してしまうんです。でも、これも同じで、自分から変なモノを探そうと思うとダメなんですよ。

清野とおるのデス散歩 (ジェッツコミックス)

――清野さんのフィルターを通すと、まるで赤羽がワンダーランドのような錯覚を覚えるのですが、清野さんが決定的にほかの人と違う部分ってなんなんでしょうか。

清野普通の人より、同時に四方八方を見ている自信はあります。多動症なんですよ(笑)。結構いろんなところを落着きなく無意識のうちに見るから、単純に確率の問題で発見することができるんじゃないですかね。一瞬でもそういうのが目に入ったらもうそこにピントが合いますから。

原点は投稿本『VOW』やラジオ番組『何だ?こりゃ』でした

――昔から街ネタみたいなものは好きだったんですか?

清野好きでしたね。街がらみのものは。投稿本の『VOW』(宝島社)にはよく投稿してました。あと大竹まことさんと相原勇さん、舛添要一さんの3人でやっているテレビ番組『何だ?こりゃ』(フジテレビ)も、よく観てましたね。僕が当時中学1、2年の頃だから、1992年~1993年ぐらいの頃に金曜日の夕方5時半から放送していました。

――どんな番組だったんですか?

清野街にあるちょっと変わった看板とか、ちょっと変わった人とかに突撃取材する番組を、ちょっと変わった角度から取り上げる感じの内容でした。あれには相当影響を受けた気がします。
 当時は僕、サッカー部に入っていたんですけど、その番組が観たすぎて、毎週金曜日は部活をさぼっていたんですよ。そのせいで、顧問の西沢先生に「おまえどうして金曜日こねえんだよ」って怒られて、1度退部させられました。その時、ビデオ録画みたいな便利な機能がギリギリ普及していないような時代だったんですよね……。

――でも、サッカーより『何だ?こりゃ』をとったから今の清野さんがあるってことですね。

清野そうですねぇ。でも、これには後日談があって、僕が『何だ?こりゃ』見たさにサッカー部をそのまま辞めようとしていることを両親に言ったら、父親から「一度やると言ったものを中途半端な形で投げ出すな!」と怒られたんですよ。
 しょうがないからサッカー部の顧問の西沢先生に何度も謝りに行って。最初は相手にしてくれなかったんですが、何度目かに「僕にもう1回チャンスをください」ってお願いしたら、西沢のツボに入ったらしくて。そして西沢も「そこまで言うならもう1回チャンスをやろう」とちゃんとサッカー部に戻してくれました。

――良かったじゃないですか!

清野でも、そこから西沢の野郎が僕のことを「ギブミーチャンス」っていうあだ名で呼ぶようになったせいで、先輩からも「ギブミーチャンス」と呼ばコキを使われ、後輩からも「ギブミーチャンス先輩!」と呼ばれナメられたっていう思い出がありましたね。忘れたかったのに、急にいま思い出しちゃいました……。

――嫌なことを思い出させちゃいましてすみません(笑)。

生涯のライフワークにしたいのは、謎のフリーペーパー『あかばね漫歩』の解明

――ちなみに清野さんは、もともとは赤羽在住じゃないんですよね。

清野板橋です。

――なるほど。板橋や赤羽は東京でもまだ穴場っぽいところがありそうな感じはしますね。

清野そうですね。まだ誰も、著名な人に手をつけられてない感じがします。学生時代、『VOW』のネタ探しも真っ先に向かったのは赤羽でしたから。赤羽に行けば何かあるんじゃないかというのはずっと思っていたので。

――「エッセイ漫画にしたらおもしろいぞ」と思ったのは赤羽に引っ越してからですか?

清野それはもちろん引っ越してからですね。昔から漠然と赤羽が好きで、それで引っ越したんですけど、その「何か好き」の理由が分かった気がします。これだけおもしろいものが隠れていたんだって。

――本当に、マンガを読んでいると次から次へと変なものが現れてきます。

清野まだまだありますよ。あと30巻分くらい楽勝で描けますから。

――何か言えるもので、「今後書きたい!」と思っているネタをぜひ教えていただきたいんですが……。

清野これは僕にとって赤羽における最大のテーマなんですけど、『あかばね漫歩』というフリーペーパーについてはぜひ取り上げたいですね。

――『あかばね漫歩』……。どんな内容なんでしょうか。

清野これは40年ぐらい前に赤羽で出されていたフリーペーパーなんです。この存在を知ったのは、赤羽に越してきてからなんですが、読んでみたらすごくおもしろかったんです。内容自体がそもそも僕が『東京都北区赤羽』に出てくるネタと結構かぶっていたりするんですよね。つまりは、僕の先輩なんです。

――40年前、偶然清野さんと同じようなことをやっている人がいたっていうことですか!

清野そうです。しかも、僕以上に内容を掘り下げてるところもあって。これを描いていたのが、Aさんという方なんですが、この人がほぼ一人で作っていたんです。しかも、月刊誌なんですけど、冊数が全部で333巻まで出てるんです。

――すごい数ですね。1年に12冊と単純計算しても全部出すのに27年ぐらいかかりますよ(笑)。

清野すごいですよね。ちょっと常人では考えられないですよ。このAさんという人がいったいどんな人だったのかっていうのが、僕にとってここ数年間における最大のテーマになっているんですよね。でも、調べても調べてもでてこないんです。

清野とおる
知りすぎると怖い町。それが赤羽

――ご本人に会いに行く……というのはナシですか?

清野それがですね、唯一わかったことが、このAさんは『あかばね漫歩』の333号目を出した直後に自殺しちゃったんです。

――えー!

清野そもそも、彼がどうして死んだのかもわからない。Aさんからクイズを出されてるような感じなんですよ。「僕のことを調べてみなさいよ」って。

――それはライフワークにしないとまずいですね。

清野でもね、僕が思うに、彼はきっと赤羽のこと知りすぎちゃったんじゃないかなと思うんですよ。僕自身、時々「これ以上、赤羽に深入りするとまずいんじゃないか」って思うことはよくあるんですよ。

――知りすぎると、なにかが起こるんですね……。

清野「このまま知りすぎてしまっては命の危険にさらされるんじゃ?」って、割と真剣に思いますからねぇ。だからどこまで『東京都北区赤羽』を描き続けるのかというのは、自分の感覚と相談しながらゆっくりやっていこうと思っています。

執筆:神田桂一、撮影:小島マサヒロ

(更新日:2016年1月8日)

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