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『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』が東京国立近代美術館で開催 高畑監督の業績を総覧する初の回顧展

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戦後の日本のアニメーションの基礎を築いた監督・高畑勲(1935〜2018)の業績を総覧する展覧会『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの Takahata Isao : A Legend in Japanese Animation』が、2019年7月2日(火)〜10月6日(日)まで、東京国立近代美術館 1階 企画展ギャラリーにて開催される。

初の長編演出(監督)となった『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)で、悪魔と闘う人々の団結という困難な主題に挑戦した高畑は、その後つぎつぎにアニメーションにおける新しい表現を開拓していった。70年代には、『アルプスの少女ハイジ』(1974)、『赤毛のアン』(1979)などのTV名作シリーズで、日常生活を丹念に描き出す手法を通して、冒険ファンタジーとは異なる豊かな人間ドラマの形を完成させる。80年代に入ると舞台を日本に移して、『じゃりン子チエ』(1981)、『セロ弾きのゴーシュ』(1982)、『火垂るの墓』(1988)など、日本の風土や庶民生活のリアリティーを表現するとともに、日本人の戦中・戦後の歴史を再考するようなスケールの大きな作品を制作。遺作となった『かぐや姫の物語』(2013)ではデジタル技術を駆使して手描きの線を生かした水彩画風の描法に挑み、従来のセル様式とは一線を画した表現上の革新を達成した。

このように常に今日的なテーマを模索し、それにふさわしい新しい表現方法を徹底して追求した革新者・高畑の創造の軌跡は、戦後の日本のアニメーションの礎を築くとともに、他の制作者にも大きな影響を与えた。本展覧会では、絵を描かない高畑の「演出」というポイントに注目し、多数の未公開資料も紹介しながら、その多面的な作品世界の秘密に迫る。


高畑勲



1章 出発点─アニメーション映画への情熱

高畑勲は1959年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社し、アニメーションの演出家を目指した。演出助手時代に手がけた『安寿と厨子王丸』(1961)に関しては、新発見の絵コンテをもとに若き日の高畑が創造したシーンを分析する。その新人離れした技術とセンスは、TVシリーズの『狼少年ケン』(1963〜65)でもいかんなく発揮された。 劇場用長編初演出(監督)となった『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)においては、同僚とともに試みた集団制作の方法と、複雑な作品世界を構築していくプロセスに光を当て、なぜこの作品が日本のアニメーション史において画期的であったかを明らかにする。

2章 日常生活のよろこび─アニメーションの新たな表現領域を開拓

東映動画を去った高畑は、『アルプスの少女ハイジ』(1974)に始まり、『母をたずねて三千里』(1976)、『赤毛のアン』(1979) と続く一連のTVの名作シリーズで新境地を切り拓く。毎週1話を完成させなければならない時間的な制約にもかかわらず表現上の工夫を凝らし、衣食住や自然との関わりといった日常生活を丹念に描写することで、1年間52話で達成できる生き生きとした人間ドラマを創造したのだ。宮崎駿、小田部羊一、近藤喜文、井岡雅宏、椋尾篁らとのチームワークを絵コンテ、レイアウト、背景美術によって検証し、高畑演出の秘密に迫る。

3章 日本文化への眼差し─過去と現在との対話

映画『じゃりン子チエ』(1981)、『セロ弾きのゴーシュ』(1982)以降は日本を舞台にした作品に特化、日本の風土や庶民の生活のリアリティーを活写する。その取り組みは、1985年に設立に参画したスタジオジブリにおいて、『火垂るの墓』(1988)、『おもひでぽろぽろ』(1991)、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)という日本の現代史に注目した作品群に結実する。日本人の戦中・戦後の経験を現代と地続きのものとして語り直す話法の創造と、「里山」というモチーフの展開に注目する。

4章 スケッチの躍動─新たなアニメーションへの挑戦

高畑はアニメーションの表現形式へのあくなき探求者でもあった。90年代には絵巻物研究に没頭して日本の視覚文化の伝統を掘り起こし、人物と背景が一体化したアニメーションの新しい表現スタイルを模索し続けた。その成果は『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)と『かぐや姫の物語』(2013)に結実する。デジタル技術を利用して手描きの線を生かした水彩画風の描法に挑み、従来のセル様式とは一線を画した表現を達成した。美術への深い知識に裏付けられた高畑のイメージの錬金術をひもとく。

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