西加奈子 | 本が売れない時代に作家になってよかった
西加奈子 | 本が売れない時代に作家になってよかった
数々のベストセラーを生み出してきた作家の西加奈子さんがデビュー10周年を迎えました。いつも同時代の中で、自分を信じるというテーマを書き続けてきた西さんが、本作で辿り着いたひとつの答え。それは、あの事件に、災害に、傷つき続けてきた世代への決定的なメッセージでもあります。作家として大胆でありながらも締め切りには真面目。絶妙なバランス感覚を備えた西さんというキャラクターについてうかがいました。
書いたことに驚かされる奇跡

――『サラバ』が一人の日本人男性の半生を綴る、自叙伝的な形式になっていったのはどうしてですか。小説は彼が産まれたその瞬間から始まることになります。

西加奈子 (以下、西) 格好つけてるみたいで嫌ですけど、浮かんだんです。担当の石川さん(注:小学館の担当編集者。西さんのデビュー作『あおい』の他、『さくら』『きいろいゾウ』などを手がけている)と『きいろいゾウ』の映画のプロモーションで大阪をまわっている時に、最初の一行、<僕はこの世界に、左足から登場した。>っていう文章が浮かびました。石川さんにはその場で、「文章浮かびました。今日から書きます」って言ったんです。

――その一行が浮かんだと同時に、これで大長編が書けるという確信も得られたのでしょうか。

西上下巻になるくらい長い話を書こうとしてるから、三人称じゃないときついんじゃないかと思って実はすごく迷ったんです。でもそれは物語の産声やから、浮かんだんだから素直であろうと思って、そこから書き始めました。でも書いてみたら一人称じゃないとできないことがどんどん起こっていって、自分でも「うまくいったー!」みたいな(笑)。

西加奈子

――確かに一人称でなければならない小説ですね。書き出しや人称以外の物語の具体的な展開はどの程度考えていたんでしょうか。

西男の子の言葉を超えた友情と、あとはハッピーエンドにしようっていうのだけですかね。もちろん「サラバ!」って言葉もなかったし、信仰の話になっていくとも思っていませんでした。すべては本当に書きながら出てきたことです。浮かんだことを、できるだけ素直に書いていったので、いろいろな事柄が物語のラストに大きな意味を持つとは、考えてもいませんでした。

――とてもテンポよく、バランスよく話が進んでいくので、構想を練るのに相当な時間を要したんだと思っていたのですが。

西本当に書きながら、自分で「うわー! こうなるのか!」っていうことの連続でした。「登場人物が勝手に動く」ってよく言われていて、私はそれに憧れていたんですけど、自分が書いて、書いたことに驚かされることっていっぱいありました。
『サラバ!』の場合は、長い分、そういう奇跡的な瞬間がめちゃくちゃたくさんあって。本当に幸せで不思議な体験をいっぱいしました。

10年間、23冊書けてきた自分への自信

――奇跡が次々に起こっていたのですね。最初の1行が浮かんだ時点で長編が最後まで書けると思った。それはなんとかできるという確信があったということでしょうか。

西そう、あったんです。だから、私、この10年ですごい自分を信じれるようになったんやと思うんですね。きっと私は書けるっていう自信がありました。

――自分だったら大丈夫なはずだと。

西最初の1行のことで言えば、私、今まで小説を書き始める時はずっと場面というか映像が浮かんでたんです。それが淡かったり、すごいはっきりしていたりという違いはあっても、いつも映像だった。

――今回は違ったと。

西『サラバ!』は初めて文字だったんです。<僕はこの世界に〜>っていう。これはいつもと違うって思ったけど、今まで23冊出してる自分がいいと思う感覚を信じました。23冊書けてきたんだっていうのは、やっぱりあります。
 それと一人称に挑戦したいっていう思いはすごく強くて、そういうふうにしてハードルを高くしておかないと、10年分を全部出す甲斐も無いし、今後10年続けていける自信にもならないって思ったんです。大変やったけど、それよりも幸せが凌駕してるっていう感じですね。

西加奈子
本を書かせてもらっているという感覚はいつまでも抜けない

――西さんはよく「書くのが楽しい」とおっしゃいますよね。その楽しいという感覚をもう少し言葉にしていただくとすると、どうなるでしょうか。

西楽しい、よりも嬉しい、ですかね。私の場合はやっぱりプロットを立てないから、書いていて思いがけないことがすごくあるんです。それが最高に幸せ。「あっ! こうなったんや」っていう。『サラバ!』に関しては、長い分、そのカタルシスがでかすぎました。こういう喜びは誰とも共有できない、自分だけのものなので余計に大きいというか。

――書いている途中では、もちろん楽しいとも嬉しいとも感じられない時もありますよね。

西あります、あります。それはもうしんどいというか、吐きそうというか(笑)。今回に関しては、もう飽きる! っていうのもありました。歩が産まれた時から、三十何歳までを書くということは決めてたんですが、ずいぶん書いたなあと思っても、まだ小学生か! みたいな(笑)。それと2014年内に出すっていうのも決めていたから、そのリミットも怖かったですね。

――締め切りに関してはすごく真面目なんですよね。

西めっちゃ真面目ですから(笑)! やっぱり書かれへん日ってあるじゃないですか。この10年、たとえ書かれへん日が1週間続いたとしても、結局はなんとか書けてきたわけです。だから大丈夫、信じようと思うんです。でもほんまに1週間経っても書かれへんかったら、さすがに怖なってきて……みんなで飲んでても全然楽しくない! みたいな(笑)。でもやっぱり書けるんですよ。

――1行目だけが浮かんでいる段階で長編の執筆に飛び込んでしまおうという大胆さがありながらも、リミットは守らなければいけないという真面目さがあるというのが興味深いですね。

西もともと真面目なほうではあるんですけど、小説に関しては、書店まわりとか、こうして取材して頂いても改めて思うんですけど、ほんまにありがたいなって。昔、自分が思い描いてた未来からしたら、とんでもない僥倖なわけですよ。全然卑屈な意味じゃなくて、たくさんの人に関わってもらって、本を出させてもらっているっていう感覚は10年経っても全然抜けなくて。
 だから書けなくてしんどくても、「湯河原の温泉とってくれへんと書けんわ」とは言えないですよね(笑)。「あんた、そんなに頼まれてませんで」みたいな。

西加奈子

――確かにそうかもしれませんが、西さんは特にそういう感覚が強いように思います。

西でも、同時代の作家も大体同じことを言ってますよ。本を書かせてもらえるというのはラッキーだし、本が売れない時代に作家になってよかったねって。別に謙虚が美しいわけでもないけど、「書かしてもらってる」って思えることってうれしいじゃないですか。「無理やり書かされてる」って、なんか悲しいというか。ずっと書かしてもらってる、うれしいね、って言い合えるのってすごい幸せやなっていうのは、みんなで言ってるんです。

――一方で、小説家としての西加奈子が書くんだったらこういうものを書かなきゃいけないみたいなイメージは、この10年の間で固まってききた感じがしますか。

西それもありがたいことに、自分が書きたいことと寄り添っていると思っています。ハッピーエンドが書きたいっていうのは、はっきり意識していて。それは同時代に信頼している作家がたくさんいることも大きいんです。
 例えば、中村文則さんがきちんと悪について書いてくれているからハッピーエンドを書けるし。性的な違和感は村田沙耶香さんが書いてくれてるわとか。はっきりとした役割分担ではないけど、私は私にとっての真実であるハッピーエンドを全力で書いて、他のことは他の人にまかせたらいいと思えるんです。望まれているかどうかは別としても、ハッピーエンドを書きたいです。

この先『サラバ!』を超えられなかったら作家をやめる覚悟

――ここまでの10年間分の経験や感覚や技術のぜんぶをつぎ込んで大作を書き上げたとなると、次からのハードルはまた上がりますよね。

西確かにそうかもしれませんね。でも1年1年はしんどいかもしれないけど、今後もどんどんハードルを上げていきたいと思っているんです。たとえば20年目の時に『サラバ!』を超えられなかったら小説を書くのをやめようとか、そういうふうにしていきたいと思っています。
 私、プロレスが好きなんですけど、プロレスラーってはっきりした引退があるじゃないですか。でも作家には引退ってないですよね。

――確かにそうですが、そういうふうに厳しく考えたいというのは、小説に対するリスペクトがそうさせるのでしょうか。

西むしろプロレスとかに対するリスペクトが大きいんですかね。たとえばプロレスラーが膝を使いすぎて、膝に人間ができひんはずの骨ができて、それを手術で取ったとか聞くと、小説家にとってそれってなんやろうって思うことがあって。別に身体を痛めるわけじゃないじゃないですか。ずっと座っているから腰を痛めるとかはあるにしても、物理的に書けなくなるってことはあんまりない。

西加奈子

――そういう意味では息の長い職業ではあります。

西この先、なんとか絞り出して書けたとして、編集の方はある程度作家に名前があったら本にしてくださるかもしれない。でもそこに甘えてしまうのは嫌やなっていうのはすごく思っているんです。プロレスラーみたいにボロボロになるようなことがしたい。だからとにかく一冊ずつ出し惜しみせんとこう、次に取っておこうとかも絶対にやめようって決意して『サラバ!』を書いたし、それはこれからの自分への命令にもなると思う。ずるいことしたら、『サラバ!』書いた自分がすごい怒るだろうっていう感じがあるんです。

構成:日野淳、撮影:吉澤健太

(更新日:2016年1月9日)

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