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不仲夫婦? 幕末の動乱下、10年の別居婚を経験した徳川慶喜と一条美賀子の夫婦生活【前編】

Japaaan

徳川幕府最後の将軍となった「徳川慶喜(とくがわよしのぶ)」と、正室「一条美賀子(いちじょうみかこ)」の夫婦関係には不仲説が囁かれている。

一条美賀子(Wikipediaより)

今回は幕末の動乱下に結婚した徳川慶喜と美賀子夫婦の関係性をご紹介する。

夫・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)

1837年。水戸藩第9代藩主・徳川斉昭の七男として生まれる。1847年には一橋徳川家を相続し徳川慶喜と名乗った。

1853年に一条美賀子と婚約。55年に結婚。

その後は時の大老・井伊直弼と対立し謹慎生活を送るが、1860年に井伊が暗殺されると謹慎が解除され「将軍後見職」となって幕政の表舞台に復帰。

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1866年12月。二条城で将軍宣下を受け、徳川幕府15代将軍に就任した。

大政奉還後に新政府軍との間で勃発した戊辰戦争では、江戸城を無血開城し慶喜自身は駿河で謹慎の身となる。

晩年の徳川慶喜(wikipediaより)

1897年には再び東京に戻り、貴族院議員などを歴任。

妻・一条美賀子(いちじょうみかこ)

一条美賀子(Wikipediaより)

1835年。実父は今出川公久(いまでがわきんひさ)、養父は一条忠香(いちじょうただか)。どちらも公卿(国政機関で政治を担う最高位の職)であった。

1853年に徳川慶喜と婚約。55年に結婚。

1860年以降、井伊直弼による慶喜の謹慎が解かれると共に別居。

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