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石原さとみ、産後復帰作で“追い詰められる母”を熱演 「怖いくらいに苦しみが想像できる」

クランクイン!

 永く活躍し続ける作り手には、必ずと言っていいほど「新境地を開いた」と言われる瞬間が訪れる。パブリックイメージを一新し、新たな像を創り上げるターニングポイント――石原さとみの産後1年9ヵ月ぶりの俳優復帰作となる映画『ミッシング』は、まさしくそんな一本だ。弟に預けた日に愛娘が失踪し、外野から糾弾され続ける母。再会を心から願い、奔走し続けるも心は追い詰められてゆく…。すさまじい熱演で主人公・沙織里を体現した石原が、試行錯誤の撮影期間で得たもの、さらには現在の心境を率直に語った。

■「とにかく焦っていました」

――本作に出演されるきっかけは、7年前に石原さんが吉田恵輔監督(※)に直談判したことから始まったと伺いました。

石原:『さんかく』 (2010)『ヒメアノ~ル』(2016)『犬猿』(2018)など、吉田監督の作品を拝見した時に、役者として強くひかれました。例えば『ヒメアノ~ル』の森田剛さんのギャップを見て、いち役者としてうらやましくなってしまったんです。同時に「この世界に絶対に私は存在していない」とも感じました。このままだときっと吉田監督は私と仕事をしてくれないだろうし、関わりのない人になってしまうだろうけれど、何が何でも作品に出たい、この人だったら私のことを変えてくれるかもしれないという一心で、つてをたどってお会いする機会をいただきました。

――その背景には「自分に飽きていた」という思いもあったそうですね。

石原:自分がそう思うということは世の中も飽きてしまっているんじゃないかと感じて、危機感が募っていた時期でした。当時はありがたいことにさまざまなオファーもいただいていましたし、ありがたいと思う反面「求められるものに応えていくだけではなく、真逆に行かなければ」と、とにかく焦っていました。

『アンナチュラル』(2018/TBS系)の打ち上げの際に脚本家の野木亜紀子さんが「ただひとえに石原さとみを勝たせたいがために1年かけて脚本を書いた」と言ってくださったことが本当にうれしくて、でもそんな思いで書いてくださる方は今後現れないだろうとも感じてしまったのも、理由の一つです。そう思ったらすごく怖くなって、自分で動かない限り形にはならないと行動に移しました。

――なるほど…。先を見越して動いたわけですね。

石原:その直感は正しかったのだと、インタビューをお受けしている今、ようやく思えています。ただ、当時は本当に手探りで、吉田監督にお会いした時も「メジャーすぎて脚本のイメージが湧かない」と一度断られてしまいました。それでも「連絡先だけでもいいから、交換してください」と食い下がって、3年間特に音沙汰はなかったのですが、ある日「脚本が書けました」と連絡をいただきました。あの瞬間は本当にうれしくて、飛び跳ねて叫びました。

ただ、脚本自体は私の当て書きでもないですし、むしろ自分とはかけ離れていましたから「どう演じるか」は想像するしかありませんでした。でもその後、出産後にもう一度読んでみたら、怖いくらいに沙織里の苦しみが想像できる状態に自分が変わっていました。そうした意味でも、良いタイミングで臨めたとは思います。でも、クランクインした当初はどう演じればいいのか分からないくらい難しくて、新人のような気持ちで悩み続けていました。

――作品を拝見して、どの瞬間の石原さんのお芝居も再現性が難しいものと感じました。その分、テイクとテイクの間にリカバリーするのは大変だったのではないでしょうか。

石原:全然記憶がないのですが、すぐ吉田監督からフィードバックがあってそんな暇はなかったような気がします。吉田監督はずっと「ドキュメンタリーを撮りたい」とおっしゃっていて「この部分の芝居が強かった」「テストの方が良かった」と言われて初めて「私は何をやったんだろう」と思うと言いますか、無意識・無自覚の部分が強くて。それですぐもう一回演じてみて、また「違う」と言われてしまい…自分の中で「こういうことか」と思ったものほどNGで、正解が本当に分からず、探ってもがいて、集中力が切れてしまって「どうしよう」となったものがOKになるような形でした。

そんな中、印象的だったのがみかん農園のシーンです。セリフが一言しかない場面で、そのシーンの直前にあったことや沙織里についてさまざまなことを考えながら本番を迎えた時に、テストも本番も一発OKが出ました。その時私は何の意識もないまま演じていて「吉田組を経験している皆さんはこれができているから、撮影がサクサク進むんだ! すごい!!」と衝撃を受けました。

――「吉田組は早撮り」とよく言われますが、そういうことだったのですね。

石原:私は狙ってできたわけではないですし、皆さんがどう演じているのか分からないのですが「これが役を生きるということか」と初めて分かった感覚になりました。『ミッシング』を通して、いかに自分が不器用なのかよく分かりました。器用にやろうと思うほどNGになり、がむしゃらに無意識でやるほど「面白い」と言われて――すごく不思議な体験でした。

――劇中、沙織里と娘のシーンはそこまで多くありませんよね。とすると、常に娘の存在を感じながら、不在の状態を演じなければならないかと思います。どのように工夫されたのでしょう。

石原:クランクイン前に、夫の豊役の青木崇高さんと娘の美羽役の有田麗未ちゃんと3人の時間を設けていただき、公園に行ったり家の中で遊んだりする時間を過ごせました。また、クランクインの日にも早めに現場に入って、3人で交流させていただきました。青木さんも私も「ここでしか家族3人の時間を作れない」という思いでしたから、たくさん触れ合って濃厚な時間になりました。その上で、撮影の合間に麗未ちゃんの写真を何度も見返していました。あとは想像といえば想像なのですが、自分自身も子どもがいるため沙織里の苦しさは考えるまでもなく“分かる”状態でした。表現することは難しかったのですが、心だけはあまり苦労することなくすぐ行き着けたように思います。

――本作を拝見した時、沙織里の実感のこもった描かれ方に感銘を受けました。僕自身も子どもが2人いますが、育児をきちんとすればするほど自分の時間なんてほぼ持てませんし、そんな中で「たった1日だけ自分を優先したい」と思うことは、当たり前の感情だと感じます。

石原:沙織里はあの1日だけ甘えたわけではないとは、個人的に思います。公園から家まで5分程度の距離ですし、1人で帰らせたこともあれば弟に頼んだことも数回はあるはず。ただ、「何回も」ではなくて、数少ない1回がたまたまあのライブで、自分のためだけの時間に費やしたのが本当に久しぶりだったのだろうなと解釈しました。本当に運が悪かったと思いますが、彼女は「育児放棄をした」と言われた時に「自分はこれだけやってる! けど…」と図星な部分もあるから言い返せないのが余計苦しかったのだと思います。でも、100%なんて無理ですよね。美容院だって行きたいでしょうし、できる限り娘が幼稚園や学校にいる間に用事を片付けたとしても、限界はありますから。

――しかも何年もの間にわたるわけですから、物理的に不可能ですよね。

石原:そんな人はいないと思いますし、もしそうしたとしても壊れてしまうのでは、と思います。豊(青木)も「自分の時間を持ちなよ」と言ってくれる人だったでしょうし、元々は仲の良い家族でお互いに助け合っていて、この一件で崩壊してしまっただけなのだと捉えました。

――脚本に書かれていないけれど前後のシーンをやってみる、といったようなことは今回の撮影でありましたか?

■『ミッシング』は名刺代わりになる作品に

石原:ほぼ全シーンがそうでした。今回の作品で初めて感じたことなのですが、「よーい、スタート」に合わせて演技をすると途端にうそになってしまうんです。意識してしまうし、緊張してしまいますから。そこでテストを終えて本番に行くまでの間、何かをいじる芝居があるとしたらずっとその行為を続けていました。青木さんもそれに付き合ってくださって、前段階から一緒にやってくれたのがとても助けられました。

クランクインした直後に撮ったシーンで、娘の持ち物を砂田(中村倫也)の前に色々と持ってきて「なんでもします」と言うシーンがありますが、その撮影前もずっと動いていました。助監督さんがどこでスタートをかければいいのか分からなかったようなのですが、最初の1回で皆さんが「こういうタイプなんだ」と感じてくださって、そのシーン以降はどこでスタートをかけてもいいよ、という形に切り替えてくださいました。

警察署から電話を受けて駆け付けるシーンも、青木さんや皆さんが過呼吸を起こすまで付き合ってくださって、その後にフラフラな状態で一緒に階段を上がってくださいました。車から出るシーンも、青木さんがずっと手をつないでいてくださって、そうしたやり方はとても大きな学びになりました。

――先ほどお話しいただいた「役を生きる」ですね。

石原:勝手に始めているから、スタートも何もどこを切り取られても構わないんですよね。そこに生きているわけですから、カットをかけられるまで延々と続けられるのが“普通”だと思いますし。

撮影中は試行錯誤の連続でしたが、とことん寄り添ってくれる優しい方々ばかりの現場で、本当にありがたかったです。だからこそ、本作を経て得られた宝物のような感覚をどうやったら忘れられないようにできるのか、いまはまた焦ってしまっています。

――「無意識の演技」を他の作品に転用できるかといえば、必ずしもそうとは言えないでしょうし…。

石原:そうなんです。「吉田監督の作品だから、吉田組だから」な気もしていて、違うところに行ったらまた元に戻ってしまうんじゃないかと怖さを感じています。そういった意味では、先ほどお話しした『アンナチュラル』後の感覚に似ているのかもしれません。野木さんからいただいた愛を感じて、それを求めて吉田監督にお会いして、また経験や得難い時間をいただいて――きっとまた“次”を求めるのでしょうが、得られる確証は全くないし、得られたとしても何年かかるかは分かりません。それでも、求めることをやめられないのだろうな、とも感じます。

――撮影が終わってから僕たちが作品を見られるまでにはどうしてもタイムラグが生まれてしまうものですから、鮮度を保ったまますぐ次の作品に臨めないとなると焦りますよね…。

石原:すごく焦ります。でも育児もしっかり仕事と両立してやりたい気持ちはあります。とはいえ、ボロボロになる覚悟がいるくらいの作品じゃないと意味がないので、難しいです。

――ただ、先ほどお話しされていた「飽きる」とは全く違うフェーズなのではないでしょうか。さらなる進化に向かっている際の成長痛といいますか、ポジティブな苦悩な気がします。

石原:確かにそうですね。今感じているのは自分への期待も込めての焦りだから、前進はできているんですよね、きっと。

――間違いなくそうかと。5月17日に公開されたら、きっとすさまじい反響があるかと思います。

石原:ありがとうございます。私自身、すごく期待しています。見ていただいた上で「一緒に仕事がしたいです」と言ってもらえるような、自分の名刺代わりになる作品ができたことは本当にうれしいです。

※吉田恵輔の「吉」は「つちよし」が正式表記

(取材・文:SYO 写真:上野留加)

 映画『ミッシング』は公開中。
 
   

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