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『虎に翼』寅子ら魔女5が歩んできた“地獄”の数々 女性たちの生き様を振り返る

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『虎に翼』写真提供=NHK

 物事が動き出す時は、今までが穏やかだったことを思い知らせるように、いつも突然、雪崩のように動き出すものだ。NHK連続テレビ小説『虎に翼』は、こちらが置いていかれそうなほど怒涛の展開を迎えている。

参考:『虎に翼』“チェ・ヒャンスク”として最後の笑顔 苦楽をともにした“魔女5”の心苦しい別れ

 寅子(伊藤沙莉)をはじめとした女子部法科出身のメンバーは進学した明律大学の男子学生から「魔女5」と呼ばれることがあった。寅子たちは、ほとんどが当時の結婚適齢期といわれる年齢。そんな時に花嫁修行どころか学問に時間と情熱を費やしている彼女たちの姿は、その時の“普通”からかけ離れているため、「魔女」に見えたのかもしれない。でもそれにしても失礼だ。この影のあだ名も、男性だけの世界に飛び込んだ女性が直面する「地獄」を象徴している。しかも寅子たちはこれ以外にもそれぞれに「地獄」を抱えていた。

 香淑(ハ・ヨンス)は朝鮮からの留学生。ということは女子部に入学してくる時点で言葉の壁を乗り越えてきているのである。これだけでもひとつの「地獄」を潜り抜けてきていると言っていいはずだ。その後も難しい法律用語やその独特の言い回しにも苦労しただろうが、寅子たちと一緒に勉強することでサポートも受け、高等試験に臨めるまでになった。弁護士になるまであと一歩だった。それが、戦時下、つまり国と国との関係性の悪化で断念せざるを得ない状況に。香淑によっては「国を越えてきた」ことと「時代」がもう一つの「地獄」を招いていた。時代が異なればこんなことは起きなかっただろう。自分の力ではどうにもできないことで人生が大きく左右されてしまうのはとても悲しい。

 現在、ドラマの舞台となっている昭和初期は今よりも「家」を残すことが重んじられた。涼子(桜井ユキ)は華族の娘として他の人よりもさらに「桜川家」を存続させる事が大事だった。他人からは羨ましがられるような「家柄」が涼子の「地獄」を生んでいたのだ。だが、涼子は父の「好きにしなさい」という言葉を心に留め、結婚せず、勉学に励んでいた。きっと、これから自分の立場などが関係なくなり、好きに生きられる時代が来る。むしろその時代を呼び込む先駆者になるのだという決意さえあったかもしれない。これもまたあと一歩で叶うところまで来ていたが、あろうことか、心の拠り所にしていた父が芸者と駆け落ちをするという「好き勝手」をしてしまった。でも意外なことにこの出来事をきっかけに涼子の中に生まれたのは「一族の長としての自覚」だった。自分が結婚すれば、何十人もの使用人を路頭に迷わせることはない。そして何より、母を支えることができる。夢が叶えられなかったのは残念だが、前を向いた涼子らしい決断の仕方には拍手を送りたくなる。

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 では、既婚者で「家」の後継ぎとなる男子3人の子に恵まれた梅子(平岩紙)は、幸せだったのかというとそうではない。穂高(小林薫)から明律大学での講義を頼まれるほど弁護士として名の知れた夫は、外面はいいが自分より立場の弱い人のことは蔑み、地位がある人が決めたことには、疑いもせずに従うタイプ。だから、梅子の夫は「共亜事件」の弁護に協力しようとしなかったし、梅子は家庭内でとても地位が低い。そして彼女が最も我慢できなかったのは、その考え方が“教育”として子どもたちに受け継がれていくことだった。幸せの象徴である「家庭」が梅子の「地獄」そのものだったのだ。まだ“教育”に染まりきっていない2人の子どもの親権を得た上で夫と離婚しようと法律を勉強していたが、結局、夫の方から離婚を言い渡されてしまった。梅子は一番下の息子と家からは出たようだったが、次男の姿はなかった。「地獄」からは抜け出せたのかもしれないが、同時に大事なものを失ってしまった梅子の悲壮な表情に胸が張り裂けそうだ。

 一方のよね(土居志央梨)には「家」や「家庭」どころか身寄りがなかった。貧しい農家の次女だったよねは、金のために姉が東京の女郎に売られていくのを目撃する。自分も売られそうになったため家出したよねは、なんとか東京で見つけ出した姉の紹介でカフェのボーイとして男装して働きはじめた。しかし、姉が身体で稼いだ金を騙し取られていることが判明。その金はカフェの客で、弁護士でもある男性が取り返してくれたのだが、この時、よねは男性から暗に自分と“特別な関係”となるように提案されている。姉のために力を尽くしたよねだったが、結局、その姉は男と行方不明に。男がよねの希望となるものを奪っていった。だからよねの「地獄」は「女性性」と言えるかもしれない。人々が「女らしさ」に価値を見出し、それを様々なかけ引きに使うのが許せなかったのだ。だからよねは「舐め腐った奴らを叩きのめす力が欲しい」と弁護士を志した。でも、よねの勤めているカフェーは、女が甘い言葉で男を喜ばせ、時に身体を触れさせるところ。まさに「女らしさ」を売りにして金にし、そうしなければ生きていけない女たちがたくさんいるのだ。よねは自らの「地獄」の火に焼かれながら、歯を食いしばってここまで来ているのである。

 こうしてみると、寅子は恵まれているように見えるかもしれない。だが「共亜事件」があり、寅子は一時期、”犯罪者の娘”として、世間から白い目で見られていた。家を記者たちに囲まれ、学校に行けない日が続き、法学部でも「もう来られないだろう」というようなことを口にする者もいた。この時は、「世間の目」が寅子の「地獄」だった。もし、花岡(岩田剛典)が穂高と一緒に状況を打開しようとしに来なければ、直言(岡部たかし)は無実の罪で罰せられただろう。今のような一家団らんとした猪爪家の未来は訪れなかったのである。寅子は法の力によって一度、「地獄」から一度抜け出すことができた。だからこそ、人一倍、法のプロになろうとする気持ちが強いはずだ。

 様々な理由で試験を受けることができなかった仲間の分の気持ちも力にして、寅子やよねには頑張ってほしいと祈るばかりである。
(文=久保田ひかる)

 
   

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