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ベストセラー『バッタを倒しにアフリカへ』7年ぶりの続編で明らかにされた研究方法の謎と人気学者の苦悶

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前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社)

■前作から比べると内容はより学術的に

  2017年に刊行された前作『バッタを倒しにアフリカへ』がベストセラーとなった前野ウルド浩太郎氏。その7年越しの最新作が『バッタを倒すぜ アフリカで』である。その内容は前作よりもグッと学術的になり、そして有名な学者になってしまったがゆえの葛藤も綴られている。

 『バッタを倒しにアフリカへ』では、昆虫学者に憧れる著者がアフリカに旅立つまでの経緯、アフリカでの生活やフィールドワークの様子、そして学業で食っていくことがいかに困難であるか、といった内容が綴られていた。バッタに貪り食われるのを夢と語る前野氏のパーソナリティ、そして西アフリカでバッタと戦うことの意義ややりがいが軽妙な語り口で綴られ、25万部突破のベストセラーとなったのも頷ける一冊である。

  しかし、『倒しに』を読んだ自分の脳内には、「結局この人、何を研究してたんだろう?」という疑問が湧いた。サバクトビバッタの大群が発生するのをひたすら待ち、発生の報告が来れば砂漠を何百キロも走り回ってチェイスを繰り広げ、現場にたどり着いたはずなのにどこにもバッタがいなくて心底悔しがる……。バッタの大群を観察することの大変さは実感を持って語り尽くされているのに、肝心の「バッタの群れを前に、前野氏は一体何をどうやって観察していたのか」がほぼ書かれていないのである。なんで……?

  本書『バッタを倒すぜ アフリカで』では、ついにその謎が明かされる。前作で研究内容について触れられていなかったのは「論文発表のタイミングを睨んで、あえて書かなかったから」という理由が早々に明かされ、本作では前野氏がモーリタニアで行っていた研究の詳細が語られる。

  前野氏が注目したのは、バッタの繁殖についてだ。フィールドワークの不足から、世界中の研究者がなんとなく「バッタは群れの中で雄雌が混ざって生活している」と思っていたのに対し、前野氏はアフリカでの観察結果から「メスはメスだけでオスとは分かれて生息しており、特定の場所でランデブーして交尾だけを行っている」という仮説を立てる。この「集団別居仮説」をいかにして立証していったのか、そしていかにして研究結果を論文にまとめて権威ある科学雑誌への掲載まで持っていったのかが、本書の内容のコアとなっている。

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  モーリタニアでの暮らしや前野氏のパーソナリティについてページが割かれていた前作に比べると、研究の詳細をコアとする本書の内容はより専門的で学術的だ。しかし文章は平易に書かれており、科学的な知識のない人でもサバクトビバッタの生態や自身の研究内容について理解してほしいという意図が伝わってくる。ひとつづつデータを集めながらバッタの繁殖の真相に迫っていくプロセスはまるで探偵のようで、なるほど昆虫学者というのは面白い仕事なのだな……と素直に思える。

 このコアに付随して、バッタをめぐる様々なトピックについても書かれているのが楽しい。特に「なぜバッタに関するフィールドワークが現状ほとんど行われていないのか」という疑問に対する回答としても読める、100年にわたるバッタ研究の盛衰について書かれた章は「へえ〜」と唸ってしまった。自分は「昆虫はそれぞれの生息地にいるんだから、学者はそこに観察に行くんだろう」程度に考えていた。

 だが、この章を読めば研究ジャンルや研究手法にはかなり流行り廃りがあり、フィールドワークでバッタに関するデータを集めるという作業は、前野氏がモーリタニアで活動していた2010年代には全然流行っていなかったことがわかる。「バッタで作物が大ピンチ!」と言われても、バッタは定期的に大発生するわけでもない。観察しづらいものをしつこく観察するのは、それこそ前野氏のようによっぽど強烈に興味がある人物でなくては難しいのである。

■赤裸々に綴られる苦労話

 そんな前野氏だが、本書で綴られている苦労話はなかなか壮絶だ。前作が大ヒットしたことで「バッタ博士」としてキャラクターが立ってしまい、様々なメディアにも登場するようになった前野氏。だが、名前が売れてしまったことでバッタの大発生のたびにメディアによって引っ張り出されるようになり、発言の意図は伝わらず、やっかみや無根拠な中傷に苦しめられることに……。そしてそこに「コロナ禍で研究のための移動が制限される」というダブルパンチが加わる中、前野氏は「この状況をひっくり返して自分をナメている人間たちを見返すためには、権威ある科学雑誌に論文が掲載されるしかない」と意地になる。この辺りの精神的葛藤の生々しさは、ぜひ本書を読んで確かめていただきたい。

 前野氏が研究者として13年間積み上げてきたフィールドワークや実験の詳細を中心にまとめられている。しかしそんな本書でも異彩を放つのが、前野氏のドライバー兼アシスタントとして研究を手助けしてくれる相棒、ティジャニである。抜群のドライビングテクニックを持ちながら、第二婦人と喧嘩して家庭がめちゃくちゃになるなど、妙に人間臭いところがあるティジャニ。前作でも独特のエピソードを連発して存在感を示していた彼が、本書ではとうとう「ティジャニ関連エピソードだけで一章が埋まる」というボリュームで帰ってくる。

 本書ではまずティジャニの出生の秘密が明らかになり、なぜ車の運転から食材の調達、もろもろの機材の整備までなんでも器用にこなせるのか、という理由が明かされる。さらに前野氏が資金を提供してのタクシープロジェクトの顛末など、「アフリカらしい」としか言いようのないエピソードが山盛りだ。

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