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「今永はいつオプトアウトできるんだ?」カブスと争奪戦を繰り広げたレッドソックス記者も認めた“投げる哲学者”の実力<SLUGGER>

THE DIGEST

「今永はいつオプトアウトできるんだ?」カブスと争奪戦を繰り広げたレッドソックス記者も認めた“投げる哲学者”の実力<SLUGGER>(C)THE DIGEST
 現存するメジャーリーグ最古の球場を訪れたカブスの今永昇太は、4月26日(現地)のレッドソックス戦の登板直前、相手の練習中にひょっこり姿を表し、その歪な外野フェンスを見渡したという。

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「ライトのフェンスは低い。レフト(グリーンモンスター)はそこまで深くない」

 ひと目見て分かるその独特の形状はしかし、レフトにフライが上がれば本来は平凡なアウトのはずがフェンス直撃の二塁打、あるいは本塁打になることを教え、ライトのポール際なら「そんなの入る?」という本塁打、手前で打球がバウンドすれば大きく弾んでスタンドに飛び込むグラウンドルール・ダブルになる警鐘を、今永の心に鳴らしていた。

 それから数時間後、レッドソックス打線が今永から放った外野への打球は、多かった順にライトフライが3球、センターフライが2球、ライト前ヒットが1球、センター前ヒットが1球、そして、センターへのソロ本塁打の計8球だった。

「よりによって一番深いところに入れられたんで、すごく悔しかった」とは、試合後の今永の弁だ。

 他の選手たちがことごとく空振りやファウルにしていた伸びのある高めの速球を、タイラー・オニールはいとも簡単に弾き返した。脳震とうでしばらく試合に出られなかったにもかかわらず、マイク・トラウト(エンジェルス)の10本塁打に次いでアメリカン・リーグ2位タイの8号ソロ本塁打だ。大谷翔平(ドジャース)が座っていることでも分かるように、「チーム最強打者」が任される「2番」の打順に入っているだけのことはある。

「僕の感覚では、インハイよりもアウトハイの方が抑えられるんじゃないかと思ったが、そこを上回られたので、自分の100%が通用しない瞬間っていうものをあそこで感じた」
  今永に「メジャーの洗礼」を浴びせたオニールは試合後、次のように語っている。

「僕にはブレイキング・ボール(スライダーやカーブなど曲がる系の変化球)は投げてこなかったけど、いい真っすぐを持っているし、スプリットもいいことは分かっていた」

 打ってやったぜ、という響きがあるにもかかわらず、ニコリともしなかったのは、それがこの試合におけるレッドソックス唯一の得点だったからだろう。

 オニールのソロ本塁打は4回1死からで、レッドソックス打線はそれまで打者10人が完璧に抑え込まれていた。彼らが本塁打以外手も足も出ないような状態だった要因の一つは、今永の制球力にあった。

 1巡目で、今永は対戦9人中6人から初球ストライクを奪った。それにより、初見にもかかわらず高めの速球かスプリッターを積極的に狙うなど、いかにもしっかり対策してきた感のあったレッドソックス打線をさらに「早打ち」にさせた。

 ホームランを打たれた直後、今永は「打たれた後にどうするかというマインドの切り替えが大事」と、投手の教科書のような気持ちの切り替えを確実に行った。

 直後のロブ・スナイダーにフルカウントまで粘られて四球を与え、続くラファエル・デバースにもライト前ヒットを許したものの、そこから2人を凡退させて最少失点で切り抜けた。そして、このイニングに対戦した打者6人すべて、初球はストライクである。

「四球を1つ出したんですけど、あとはストライクゾーンでしっかり勝負ができたのが、球数を少なくできた理由だと思う」

 今永は「ピンチの時は捕手の配球を優先するようにしている」と言う。

「その理由としては、ピンチの時は(自分が)客観的に見られていないからで、捕手は冷静で打者との距離も近いですし、空気感も感じ取っているので、ピンチの時こそ捕手の意見を大事にしています」
  この日、マスクをかぶったミゲル・アマヤはこう言っている。

「彼(今永)の持ち球がいいのは誰もが分かっているし、相手だってしっかりと研究はしてきているけど、自分たちが立てたプランを信じて、それをしっかり遂行することが大事なんだ」

 ベテランのヤン・ゴームズも含め、今永とカブス捕手コンビの関係は極めて良好だ。もっと正確に言うなら、カブスの捕手陣は今永の成功に必要不可欠なサポートに力を注いでいる。例えばオニールに本塁打を打たれる直前、こんな印象的なシーンがあった。

 打線が1巡して、リードオフのジャレン・デュランが意表を突くセーフティバントを試みた。投手と二塁手と一塁手の中間に転がした「内野安打間違いなし」というこの打球を、今永は素早いダッシュで追いついて捕球し、一塁にグラブトスで送球してアウトにした。そこで今永にゆっくりと歩み寄り、絶妙な「間」を取ったのがアマヤ捕手である。

 その配慮は、次のオニールが本塁打を打ったことで無駄になったように思えるが、大事なのは今永の呼吸を整えさせてやろうとした「思いやり」だ。違う言い方をするなら、誰に対してもそういう気遣いができる捕手だからこそ、まだ実質メジャー2年目なのに一桁の背番号=9を背負っているわけだ。

 印象的なシーンと言えば、試合後、普段はカブスを取材することのないレッドソックス番の記者が何人か、囲み取材に来ていたのも印象的だった。なぜなら、レッドソックスが昨冬、今永獲得に動いていたことが明らかになっていたからだ。

――カブス入団を決める前、(レッドソックスの)アレックス・コーラ監督が、ズームであなたと面談したそうですが。

「言えないことも言えることもあるんですけど、僕自身の投げるボールがユニークなので、アメリカでもそういったことを発揮してほしいと言ってもらいました」
 ――カブスに決断した理由は?

「そこに関しては言えないことの方が多いので、答えるのは難しいですけど、もちろんレッドソックスもカブスも伝統があって素晴らしいチームです。比べたわけじゃないですけど、何となく自分の意見と周りの人の意見を摺り合わせた結果、カブスになったということです」

 実は試合中、レッドソックスの番記者から、「今永は何年でオプトアウト(契約破棄)できるんだ?」などという気の早い質問をされた。今永がフリー・エージェントになった途端、「レッドソックスが獲得を目指すべきだ」などと書くのではないか? と思わせる熱心さである。

 今永は結局、今季最長の7回途中5安打1失点で降板した。本人は「7回のマウンドに上ったってところが、まずは進歩」と言いながらも、少し悔しそうだった。

「イニングを投げ切るのと回の途中で降りるのは、投手から見れば雲泥の差。あそこで淡々とイニングを投げ切る力をつけたい」

 囲み会見の途中、カブスのジェド・ホイヤー編成総責任者が立ち寄り、今永に合図を送り、「Good Job」を意味する親指を立てて笑顔で去っていった。

 実はこれには伏線があって、実はカブス関係者の誰かが、今永が去年、出版した『ピッチャーズ・バイブル』という本をホイヤー編成総責任者にプレゼントしたのだそうだ。当然、日本語で書かれているその本人についてホイヤー編成総責任者は「もちろん、読めないのだけれど」と笑いながら、こう言っている。

「彼が思慮深いことの証明だけど、当たり前だよね。彼のニックネームは“投げる哲学者”なんだから」

 5試合に投げて4勝0敗、防御率0.98。

 メジャーを代表する伝統球団が獲得競争を繰り広げた“投げる哲学者”は今、その価値をさらに高めているようだ――。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO

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