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伊藤沙莉の朝ドラヒロインは何かが違う!主人公をオテンバ・おっちょこちょいにしない、脱“あるある”『虎に翼』の新しさ|瀧波ユカリさん

女子SPA!

NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)として4月にスタートした「虎に翼」が好調&好評である。日本初の女性弁護士となる三淵嘉子(1914-1984年)をモデルとした猪爪寅子(いのつめ・ともこ)を演じるのは、伊藤沙莉。

好評の理由に、主人公・寅子の魅力的な人物像があることはいうまでもない。朝ドラヒロインといえば、好感度の代名詞のようなもの。明るくて誰にでも愛され、ひたむきで逆境にもめげない、というイメージが定着している。

しかし、寅子は違う。何かが違う。

新たな朝ドラヒロイン像

漫画家の瀧波ユカリさんが、まず気づいたのは“声”だった。X(旧Twitter)に、こう投稿している。

〈開始5秒で泣きそうになった。ヒロインの声がすごくいい。毎日楽しみになりそう。 #虎に翼〉

――2024年4月1日

瀧波さんには『臨死!! 江古田ちゃん』や『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(ともに講談社)の作品があり、数々の魅力ある登場人物を生み出してきた。そんな瀧波さんが、寅子の“声”のどんなところに心惹かれたのだろうか。

声と、ジェンダーギャップ

「寅子が地声とも言える低く安定した声色を使っていることは強烈なインパクトがあり、このドラマにはいままでと違う何かがある、と思わせるには十分でした。日本人女性の声は世界一高いという説もあり、実際に高い声を求められる傾向があります。女性たちは無意識のうちに声の高さを使い分けていますよね。“よそゆき声”という言葉もありますし」(瀧波ユカリさん 以下カギカッコ同じ)

メディアもそのジェンダーロールを強化する傾向にある、と指摘する瀧波さん。テレビから聴こえてくる女性の声はのきなみ高く、特にアニメでは成人女性の役に幼女のような声があてられることもめずらしくない現象が気になっているという。

声の高さ、は何を表しているのか。

「高い声が女性らしさ――幼さ、か弱さ、無害であることの証明として機能し、ほとんどの日本人女性が知らず知らずのうちにその価値観を内面化している。そんな社会的背景があるなかでの、寅子の声でした。朝ドラは、忙しい時間帯に音だけを耳で拾って楽しんでいる視聴者も多くいると思います。私と同様に、この声の低さにハッとして“いままでとは違う”と感じ取った人もきっといることでしょう」



しかも寅子はファーストシーンで、日本国憲法の条文を読み上げていた。1946年、戦争の爪痕が生々しい街を歩き、司法省(現在の法務省)に向かう。

アップデートされた主人公

物語はそこから、主人公の少女時代へと時間を巻き戻す。その展開自体は“朝ドラあるある”だが、瀧波さんは、女学校に通い、お見合いで“二連敗”し、結婚に疑問をもつ寅子を見て「アップデートされている!」と感じ、Xにポストした。

〈#虎に翼 は、朝ドラあるあるな設定や展開を全て疑いアップデートしている。

 ・主人公をおてんばやおっちょこちょいにしない。

 ・お見合いで男になじられるシーンで主人公に恥の感情を与えない。

 ・結婚式で主人公に感動させない。

 ・母の情に少しも流されない。

 ・男が母を説得する構図にしない。〉

――2024年4月5日

この投稿に1.3万以上の「いいね」が集まった。賛同した人がそれだけ多いということだろう。さらに詳しく解説していただこう。

アップデート①主人公をおてんばやおっちょこちょいにしない

朝ドラにおいて、“明るく、元気”は“おてんばで、おっちょこちょい”とほぼ同義。これまでの朝ドラ主人公の典型のひとつであった。

「女性主人公にはえてして、“愛される”性格が付与されがちです。この国において女性が愛されるとは、存在を“許される”と同義でもあります。おてんばは少女期だけに許される愛すべき逸脱(いつだつ)なんです。通常、成人女性に“おてんば”は使いませんから。

おっちょこちょいは“誰かが世話してやらないといけない、ほっとけない存在”として、女性としてそこそこの逸脱があろうと許してやろう、と思わせる効果があります」

これまで、そこにはドラマ演出上の必然性もあったと瀧波さんは看破する。

「女性があわただしく動き回って事件を巻き起こし、話を次々に展開させ、それでいて『女のくせにあんなことを』と観る者に思わせない活劇にする……ために、おてんばでおっちょこちょい、という設定は非常に都合がよいのです。しかしそれは、現実を生きる女性たちに対して、知的でしっかりした女性像が示されないということになります」

半年にわたる放映の第1週目にしてすでに、このドラマは“おてんばで、おっちょこちょい”を封印したのだと、視聴者に示したことになる。



「そのうえで、魅力的な女性主人公を作ることに成功しています。それは、寅子がなんらかの疑問を感じたときに言う『はて?』というワードセンスだったり、寅子演じる伊藤沙莉さんの役者としての魅力だったりがあると思うのですが、女性視聴者たちにも『もうおてんばでおっちょこちょいキャラはうんざり』という意識が高まっていたのだろうとも思うのです」

アップデート②お見合いで男になじられるシーンで主人公に恥の感情を与えない

女学校の卒業を間近に控えた寅子に、両親は見合いの席を用意する。当時は女学校を出たら結婚するのが一般的、なんなら在学中に結婚してもよい。現に、寅子の同級生にして親友の花江も結婚が決まっている。しかも、寅子の兄と。

結婚そのものへの違和感を隠さない寅子だが、見合い相手が「さまざまな話題をともに語り合える関係」を望んでいると言ったのに勢いを得て、国際情勢や女性の社会進出について、立て板に水のごとく話し出す。

「女性主人公が出すぎたことをして恥をかく、という展開も、ドラマなどの創作物において“あるある”です」と瀧波さん。

「それは共感を得るためだったり、物語として“恥かき”をひとつの事件にして盛り上がりや成長の機会にしたり、はたまた“女性が恥をかく=面白い”くらいの意識で作っていたり、などの理由でつづいてきた演出だと思います。しかしながらそういった演出は、出すぎたことをすると恥をかく、と女性たちに学習させ、萎縮させる負の効果があるものにほかなりません」

公私の場でそんな想いをした女性は数えきれないほどいるだろう。

「第2~3回のお見合いのシーンでは、男性に面罵されようと顔を赤らめたり泣いたりすることなく、自分は悪くないと確信している寅子の姿が描かれていました。従来であれば女性たちの萎縮(いしゅく)につながりがちなシーンが、エンパワメントになりえるシーンになっていたことに感動しました」

アップデート③結婚式で主人公に感動させない。

結婚がいいものだなんて思えない――寅子はなんとなくそう思っているわけではない。法律への関心が芽生え、自分自身でも婚姻制度について調べている。

寅子にも、親友と兄の結婚を祝う気持ちはある。披露宴の場でも、誰もが笑顔になっているのを見て「ここには幸せしかない」とは思う。だが、冷静に「ここに自分の幸せがあるとは到底思えない」とも思う。

「主人公に結婚式で感動させることで、結婚という選択や制度自体を肯定しながら話を進めることもできたはずです。しかしそれをさせなかったことで、このドラマはなんとなく漠然と『結婚もいいよね』的なニュアンスを出すことをしないという、強い意思をもってして作られているのだと感じました。それはその後の展開において、『結婚って罠だよ』と寅子が喝破(かっぱ)していることでもわかります」

結婚とは、ひとつの“契約”である。寅子の少女時代の日本で、その契約は対等の者同士のあいだで交わされるものではまったくなく、結婚した途端に女性は法的に“無能力者”になる。寅子は、すでにそのことを知ってしまっていた。

「感動もしないし、男だけが浮かれて女たちは準備や目配りに追われている様を、寅子が歌いながら冷静に見ているあのシーンは、男女の不均衡を可視化する演出も含めて本当に見事だったと思います」



アップデート④母の情に少しも流されない/⑤男が母を説得する構図にしない

石田ゆり子演じる寅子の母・はるも、観る者に多くを投げかけてくれる人物である。

進学を切望する寅子の前に立ちはだかる、母という存在。悪気は、ない。なかば強引にお見合いを進めるのも、娘に幸せになってほしいからであり、当時の一般的な価値観が母・はるをとおして体現される。

「ドラマの作り手として展開を考えた場合、“母の情にほだされ葛藤する娘の心情”を描いたほうが母娘どちらの世代からも共感が得られる、という判断になりがちです。また同様に、“感情的な母を、周囲の物腰やわらかな男性たちがなだめて丸くおさめる”というのも、それぞれのキャラを立てることになるので選びがちになると思います。

しかしそうして描かれる母はステレオタイプだし、女性は感情的で男性は冷静、という偏見の強化にもつながります」

寅子がひそかに進学の準備をしていたことを母が知り、母娘は真っ向から話し合うことになる。母は娘の夢を頑として受け入れない……と思いきや、後日、娘が法律家の男性から「逃げ出すのがオチだ」といわれている場に出くわし、男を一喝する。

「共感を得るために主人公に無駄に葛藤させたり、ステレオタイプな母親像をなぞったりすることなく、そのうえで主人公に最初からぶれない強い意思を持たせる。同時に母の側にも、男に『お黙りなさい!』と言い、女性差別を助長する男性の罪について喝破するだけの知性と強さを付与した……第5回の展開はすばらしかったです。

制作側に、絶対にジェンダーバイアスを強化するようなストーリー展開にはしないという非常に強い意思があるだろうことを確信した回でした」

今後もアップデートに期待

朝ドラは幅広い年齢層が視聴するため、“あるある”が散りばめられることで安心して見られる人たちも一定数いるだろう。けれど時代が変われば、そこに視聴者が生きる実社会との齟齬(そご)がどうしても生じる。

そのひとつひとつを「はて?」と見直し、アップデートすることで、寅子にエンパワメントされ「これは私の物語だ」と共感する新たなファンが取り込まれている。

「虎に翼」、どんなアップデートを見せてくれるのかも、今後の見どころのひとつだろう。

【瀧波ユカリ】漫画家。1980年札幌市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、2004年に24歳のフリーター女子の日常を描いた4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』でデビュー。同作はアニメ・ドラマ化。現在は『わたしたちは無痛恋愛がしたい』を連載中。モトカレマニア/ありがとうって言えたなら/あさはかな夢みし等、漫画とエッセイ、TVのコメンテーター等幅広い活動を展開。

<構成・文/三浦ゆえ>

【三浦ゆえ】
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。



 
   

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