top_line

「エンタメウィーク」サービス終了のお知らせ

『シュガー』ハードボイルド的主人公の存在意義を考察 引用されたクラシック映画の数々も

Real Sound

 シュガーの行動がわれわれにとって懐古主義的に見えてしまうのには、無理からぬ部分がある。それは、ハードボイルドを男性のかっこよさの一つの至上としていた時代は、言うまでもなくはるか遠くにあるからである。それだけでなく、“男らしさ”という概念そのものが、創作の世界ですでに悪しきものですらあるとして描かれるケースが増えている。そういう目で見たときに、匂い立つような男らしさを魅力とする主人公は、それを徹底すればするほど滑稽さを身に纏うことになるだろう。

 しかし、ストーリーの進行とともに主人公シュガーの振る舞いを見ていると、彼ができるだけ紳士たろうとしていることにも気づくはずだ。捜査のために身分を偽って女性に接近したとしても、けして公私混同の渦に呑まれないように行動し、ホームレスの男性の境遇を心配し、なんとか家が無い状態から脱出させようとする気遣いを見せ、さらには、自分に攻撃の意志を見せる者にすら温情を示す。

 そういったシュガーのパーソナリティは、近年、批判的に描かれるような“有害な男性性(Toxic masculinity)”とは、少なくとも現時点で全く異なるものだ。そう思えば、シュガーが深刻ぶってウィスキーをバーであおったり、頭のなかでハードボイルドな主人公と自分を重ねようとする態度はかわいらしいものだと思えるし、それで他人に優しくできるのであれば、害どころか有益と言っていいのかもしれない。

 歌手、俳優として活動する沢田研二は、阿久悠作詞の「カサブンカ・ダンディ」で、〈ききわけのない女の頬を 一つ二つはりたおして 背中を向けて煙草をすえば それで何もいうことはない〉、〈ボギー ボギー あんたの時代はよかった〉と歌った。ここでのボギーとは、ハードボイルドな主人公を多く演じてきたハンフリー・ボガートの愛称だと考えられる。もちろん、実際に暴力を振るうというのでなく、それがリリースされた当時よりも男性が身勝手に振る舞うことのできた1940、50年代を掲げることで、現実の男性の卑小さや立場の無さを自嘲的に表現したものだといえる。

 とはいえ「カサブンカ・ダンディ」が、昔の価値観の象徴としてボガートをとらえていたのは確かだろう。しかし、実際のハンフリー・ボガートは、女性参政権運動に参加していたイラストレーターの母を持ち、大勢の人々が共産主義やその同調者だと見なされ排斥される「赤狩り」の時代に権力と戦った、むしろ進歩的な俳優の一人として知られている。

広告の後にも続きます

 現代において“男らしさ”という、性差を分けようとする観念は、どんどん肩身が狭くなってきていることは確かだ。しかし、過去の時代にももちろん善良で進歩的な考え、多様性を重んじる思想というのは存在している。現在の目から見れば、多くの問題があった過去をそのまま肯定することはできないが、そこから現在にも通用するかっこよさを抽出することはできるし、ロールモデルにすることも可能なのだ。

 コリン・ファレル演じるジョン・シュガーなる人物が、エピソードが進むなかでどのような姿を見せていくのかはまだ分からないが、良い意味にしろ悪い意味にしろ、彼が扱う事件の内容以上に、現代の視聴者に対し、ある男性像を問いかけることが大きなテーマになってくることは間違いないだろう。それは、これからのフィルムノワールや、ハードボイルドな主人公像を占う意味を持つことになるはずだ。

 ちなみに、エピソード3までにオマージュ、引用された主なクラシック映画を、以下にコメントとともに紹介する。ジョン・シュガーのスタイルに痺れた視聴者は、この機会に、一時代を風靡したジャンルに手を伸ばし、親しんでみるのも良いのではないだろうか。

・『深夜の告白』(1944年)
脚本の名手でもあるビリー・ワイルダー監督の傑作ノワール。ハードボイルド作品の代表的存在であるレイモンド・チャンドラーが共同で脚本を執筆。

・『ギルダ』(1946年)
グレン・フォード主演のノワール。リタ・ヘイワースの情熱的な演技と美しさ、ダンスシーンが話題に。ルドルフ・マテの撮影にも注目。

・『呪いの血』(1946年)
『西部戦線異状なし』(1930年)でアカデミー賞作品賞、監督賞を受賞した、犯罪ものでよく知られるルイス・マイルストン監督の作。

・『殺人者』(1946年)
ヘミングウェイの小説を基にしたノワールで、バート・ランカスターが映画初出演にして主演を務めた。

・『大いなる別れ』(1947年)
“Dead Reckoning”を原題に持つ、ハンフリー・ボガート主演のハードボイルド映画。パラシュートの表現が印象的。

・『暗黒への転落』(1949年)
ハンフリー・ボガート主演、『理由なき反抗』(1955年)のニコラス・レイ監督による、荒廃した都会の姿を描いた犯罪映画。

・『孤独な場所で』(1950年)
同じくハンフリー・ボガート主演、ニコラス・レイ監督による、ハリウッドを舞台にロマンスとバイオレンスが描かれる一作。

・『サンセット大通り』(1950年)
ビリー・ワイルダー監督の代表作にしてノワール映画史上の名作。ハリウッドの怨念を体現するようなグロリア・スワンソンの演技があまりにも鮮烈。

・『復讐は俺に任せろ』(1953年)
サイレント期からの巨匠フリッツ・ラング監督、グレン・フォード主演のノワール。本シリーズ劇中では“The Big Heat”のタイトルで登場。

・『大砂塵』(1954年)
ニコラス・レイ監督による西部劇とノワールが組み合わされた一作。ジョーン・クロフォード演じる女性主人公の活躍が特徴。

・『キッスで殺せ!』(1955年)
私立探偵マイク・ハマーの捜査を独自解釈で描くノワール。監督は後に名作を数多く残すロバート・アルドリッチ。

・『サイコ』(1960年)
サスペンスの帝王アルフレッド・ヒッチコック監督の代表作にして、映画史上の革命的名作。戦慄のシャワーシーンはあまりにも有名。

(文=小野寺系(k.onodera))

  • 1
  • 2
 
   

ランキング(テレビ)

ジャンル