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“銀座のホステス兼女医”が語った過去。いじめられた学生時代、美容整形に400万…医師の肩書なんて「どうでもいい」

日刊SPA!

 昼は女医、夜は銀座のホステス――アニメや漫画などのキャラクター設定にありそうだが、確かに実在する。彼女の名前は鷹見夜。前述の二足のわらじに加え、大手WEBメディアでの連載執筆や有名YouTubeチャンネルへの出演もこなす才女だ。
 先ほどアニメや漫画のキャラクターのようだと書きながら、肝心の当人は育った家庭の事情で「ほとんどアニメも漫画も知らない」のだという。あまりにもセンセーショナルなため、一部ネットではそもそも存在自体が虚構とさえいわれた鷹見氏の過去に迫った。

◆ヴァイオリンを1日8時間練習し、娯楽は禁止…

 SNSのウィットに富んだ投稿からは想像できないほど、可憐で笑顔の多い女性だ。これまで半信半疑だった鷹見氏の存在が目の前ではっきりと輪郭を示す。

 筆者の根掘り葉掘りの質問にも嫌な顔ひとつせず、彼女は誠実に応対する。

 鷹見氏は音楽大学卒の母と医師の父のもとに産まれた。幼い頃からヴァイオリンの英才教育を受け、小学校を休んで日に8時間の練習をこなすことも珍しくなかったという。当然、テレビや漫画などの娯楽は禁止。書籍さえも親の“検閲”があった。

「放課後、友達と遊んだことがありません。とにかくヴァイオリンの練習を中心とした毎日で、『1秒も惜しむな』が母の口癖。気を抜いたりすれば当然、殴られたり蹴られたりします。ただ、その“サボり”の基準がとても厳しくて、1日の練習を終えたらぐったりして寝てしまうほどでした。熱があろうが関係ありません。39度の発熱がありながら演奏会のステージに立ったこともあります。当然、アニメも漫画もゲームも知らずに育ったので、同年代とは話がまったく合いません」

◆浮いた存在だったこともあって、いじめの標的に

 習い事の範疇を超え、もはや強制労働さえ想像させるヴァイオリンだが、鷹見氏にとっては「生きる意味」だったのだそうだ。

「確かに練習は苦しく、親からの暴言や暴力は酷かったと思いますが、産まれたときからずっとやっているヴァイオリンが私の支えだったことは否定できないと思います。東京藝術大学に入学し、ゆくゆくはプロになるのだと信じていました。実際、同大の先生のところへ飛行機で習いにも行っていて、先生からも『プロになれる可能性がある』と言われていました。コンクールでの成績もそれを物語っていました」

 だが中学校に入学すると、鷹見氏を取り巻く環境はさらに悪くなる。

「子どもが好きなもの、共通の話題になりそうな文化を何も共有していない私は、浮いていたと思います。くわえて、私は気が強く、大衆文化を下に見ていたようなところがあります。ヴァイオリンの練習のために掃除係を放棄するなどの“奇行”が目立つうえにペーパーテストの成績はずば抜けていたこともあって余計に反感を買い、いじめの標的にされるまでに時間はかかりませんでした」

◆「神様に謝りたい衝動」を抑えられなくなる

 囲んで罵声を浴びせる、椅子を蹴る、後ろから物を投げられるなどの暴力をクラスメイトから日常的に受け、自宅に帰れば死物狂いでヴァイオリンを練習する日々。鷹見氏の心身は限界を迎えつつあった。

「中学1年生のとき、発作的に自宅の3階から飛び降りました。しかし3階はそれほどの高さではなく、助かってしまいました。そのとき、『まだヴァイオリンでプロになっていないから死ねない』と思いました」

 命に別状はなかったものの、鷹見氏はこのあたりから急速に壊れ始める。たとえばこんな具合だ。

「ふとしたとき、神様に謝りたい衝動を抑えられなくなりました。頭に神様を冒涜する絵が浮かんできて、それを打ち消すために謝るんです。その発作は重く、たとえ外にいるときであっても、お辞儀や土下座を何時間も繰り返してしまうほどでした。この奇妙な発作は当然、学校のクラスメイトからさらにいじめられる原因になりました。痙攣を伴うため、年頃の子たちのからかいの対象としてはうってつけだったでしょう」

◆突然「ヴァイオリンを辞めてくれないか」と言われ…

 自宅で発作が起きたときは土下座しながら何度も頭を床に打ち付け、額から血を流すこともあったという。こうした鷹見氏の“症状”は両親も知っていたが、精神科への受診は絶対に認められなかった。

「おそらく、父が精神科医だったからだと思います。狭いコミュニティなので、娘が強迫性障害を抱えていることが他の医師に伝わるのが許せなかったのではないでしょうか。仕方がないので、私は父の書棚から医学書を読み漁り、どうにか症状を鎮める方法を自分なりに編み出しました」

 学業成績の良かった鷹見氏は地元の進学校へ入学し、中学校時代の加害者たちと離れる。いじめの対象になることはなかったが、さりとて誰からも気にもされない“凪”のスクールライフを送った。しかもこの”凪”はすべての停止であり、穏やかとは真逆のものだった。

「高校から帰宅してヴァイオリンを弾こうにも、何もできない時間が長く続きました。ケースを開けてヴァイオリンを眺めて数時間経ってしまうこともあったんです。私がサボっていると勘違いした母からは、『将来よりもその場の楽しみを取る凡人だったのね』などの辛辣な言葉を浴びせられました。部屋にカメラを設置して私の様子をしばらく監視していた母ですが、どこかで見切りをつけたようです。あるときから、『ヴァイオリンを辞めてくれないか』と言い出しました。これまで少なくない投資をしてきた母にとって、“損切り”だったのでしょう」

◆「親から逃げるため」東大を目指す

 生きる意味だったヴァイオリンを取り上げられた鷹見氏に、新たな目標など何もなかった。

「当時のことはあまり思い出せませんが、『味方が一人もいない』と思って生きていたのは覚えています。普通、どんなに悲惨な物語でもひとりくらいは味方がいるじゃないですか。『私の人生の方がひどい』とずっと思っていました」

 力なく笑う鷹見氏の表情から、当時の八方塞がりな状況が読み取れる。希望する大学への進学というよりも、親から逃げるため、鷹見氏は東京大学を目指した。

「現役のときは東大理Ⅱを受験しました。それまでほとんど勉強したことがなく、一夜漬けのスキルしかないため、落ちました」

 とはいえ僅差まで迫った鷹見氏は、東大がじゅうぶん射程圏内にあることを知った。浪人時代は“監獄”などと揶揄されるほど厳しい予備校の寮に入った。

「いろいろな人が『厳しい』と恐れていた予備校でしたが、毎日怒鳴られていた私にとっては快適な空間でした。理不尽な暴力もありませんし」

◆研修医になるものの、うつ病が悪化して…

 予備校時代に医学部へ進路を変更した鷹見氏は、東大理Ⅲにこそ嫌われたものの、東京医科歯科大学へ合格。晴れて上京することになった。

「娯楽を知らずに生きてきたので、独り暮らしはすべてが新鮮でした。これまでヴァイオリンに全部を注いできた反動でしょうか、とにかく意味のないものに時間を注ぎたくなってしまったんです。特にオンラインゲームにはハマりました。マイナーゲームではありますが、ワールドランキングに名を連ねるまでやり込みました(笑)」

 実家暮らし時代の抑圧路線から解放された鷹見氏は、節目節目でこうした意図的かつ計画的な寄り道に、あえて没頭した。だが根底にくすぶったヴァイオリンへの未練を打ち消すには至らなかった。

「正直、ヴァイオリンから離れたとしても、いずれは戻ってこられると信じていました。しかし月日が経ち、医学部の6年間が終わり、国家試験にも受かってしまうと、進みだしたレールを逆戻りすることはもうないんだとわかってきてしまったんです」

 二度と自分がヴァイオリンでプロになる世界線はない。そう自覚し、現実に向き合うのは鷹見氏にとってこの上ない苦痛だった。そのことがどれほど関わる不明だが、鷹見氏は研修医になったころ、うつ病を発症して入院を余儀なくされる。

「当時の私は出勤しても疲れて病院のソファーで寝てしまうほどでした。そのうち歩くことも難しくなり、車椅子で精神科病院を訪れ、任意での入院をしようとしたところ、身体を拘束されて医療保護入院となりました。あとから聞いた話では、父が入院の同意書にサインしていたというのです」

◆ホステスとして働くようになった背景にも、“家庭の方針”が

 当然ながら、勤務していた病院は解雇され、4ヶ月の入院が終わった鷹見氏は無職となった。無職からの脱却として選んだのは、銀座のホステス。その理由もまた自分に罰を与えるかのような思考回路によるものだ。

「これまで私は、育った家庭の方針で『水商売は低俗なもの』『夜のお仕事=人間失格』と教えられてきました。そこで、今までの自分では最も選ばなそうな水商売をやってみたいと考えました。ホステスの世界に飛び込んだ当初は、そんな破滅的な思いがあったと思います。

 また大学時代にホクロ除去をしたのを皮切りに、400万円近くかけて美容整形もしました。思い返すといつも母は私を『父親に似てブサイク』と言っていました。蔑んでいた旦那と似た娘が可愛くなかったのでしょう。美容整形のクリニックのURLがメールで送られてきたこともありました。

 ほかにも、入店こそしませんでしたが、SMクラブの研修も受けたことがあります。モデルとなるお客さんの肛門に指を突っ込まなければならないのですが、直腸診を経験していましたから、講師から『ずいぶん上手ね』なんて褒められてしまいました(笑)」

◆医師の肩書なんて「どうでもいい」

 接客業である以上、人並みに嫌な思いも経験したとは言うものの、水商売は思いのほか性に合っていたと鷹見氏は話す。オンラインゲームや水商売など、これまでの価値観から遠いものをあえて自らに課した意図について、こんな見方をしている。

「かつて私はヴァイオリンの高名な先生からご指導をいただき、それなりに期待をかけてもらいました。それなのに、その期待を裏切ってしまいました。もう誰かに期待されたり、あるいは自分に期待をするのが嫌なんです。だからいっそ意味がないと思える世界に身をおいて、何も考えずに没頭する日々を送りたいと思っていたんです」

 とはいえ肩書は医師。超難関資格であるに違いなく、胸を張って良いのではないか。

「医学部へ入学したとき、一番『合わない』と感じたのは、同級生がもつ『国立医学部へ入学できた自分たち』というある種の特権階級意識でした。そうやって育った純粋培養の学生のなかには、将来医師になって患者を影で馬鹿にするような人間もいます。正直、私にとっては医師の肩書なんて、どうでもいいものなんです。なりたかったものになれなかったその時点からずっと、私は自分の人生をどのように考えればいいかわからないでいます」

◆「死にたい」と思ってきたからこそ、たどり着いた領域

 現在、昼は美容医療関係の仕事に従事する鷹見氏は現代医療についてこんな見解を持っている。

「現代医療は、救命と延命が最善とされていて、その前提がまったく疑われていません。しかし闘病している人のなかに、その辛さから『殺してほしい、楽になりたい』と言う人がいることは有名な話です。私は、生きていることを無条件に善とするこの考え方の根底には、自分たちがキラキラした人生を歩んできた医師たちの偏った考え方がある気がしてなりません。ずっと『死にたい』と思って生きてきた自分の方が、患者たちの気持ちが理解できるとさえ思います。保険診療のそうした考え方が水に合わず、自費診療の世界で仕事をしています」

 生き甲斐を失いながらも、鷹見氏はさまざまな領域に活躍の場を広げる。彼女は絶望と呼ぶほど大げさに嘆くわけでもなく、深い慟哭を演じるわけでもない。だが確かに世界を見限り、そのうえで気の遠くなる“消化試合”の余生を嬉々として生きる。矛盾だらけの方法であらゆる方面に爪痕を残す究極の器用貧乏は、これから世界にどんな波乱を巻き起こすのだろうか。

<取材・文/黒島暁生>



【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
 
   

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