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『ブギウギ』羽鳥善一を“人間”にした草彅剛の凄み “主役”としてのスピンオフにも期待

Real Sound

『ブギウギ』写真提供=NHK

  「トゥリー・トゥー・ワン・ゼロ!」それが『ブギウギ』における彼の最後のせりふだった。

参考:『ブギウギ』を通して“蘇った”笠置シヅ子 趣里=福来スズ子は“万華鏡”のようだった

 NHK連続テレビ小説『ブギウギ』(NHK総合)で描かれたのは、ブギの楽曲で戦後の日本を元気づけた歌手・福来スズ子(趣里)の半生である。そして、鍵盤を前に冒頭のせりふを放ったのはその福来に曲を提供し続けた作曲家の羽鳥善一(草彅剛)。もちろん、本作のヒロインはスズ子だが、この羽鳥こそが本作におけるもうひとりの主役といって間違いないだろう。

 スズ子と羽鳥、ふたりの出会いは東京の梅丸楽劇団稽古場だった。それまで大阪の梅丸少女歌劇団で女性の先輩たちを手本に歌やダンスのレッスンを積んできたスズ子は、羽鳥の無茶ぶりともいえる要求に混乱し自信をなくすが「福来くんが楽しんで歌えばいいんだよ」の言葉を指針に、“バドジズ”こと「ラッパと娘」を全身を使い見事にステージで歌いきる。歌手・福来スズ子が誕生した瞬間だ。

 そこからふたりの長いようで短い旅路が始まるわけだが、時間の流れとともにその関係性が次第に変化していくさまが非常に面白かった。当初は完全な師弟の間柄。それも力関係でいえば圧倒的に上位にいるのが羽鳥で、スズ子は師である彼の要求に応えようと必死で芸を磨き、羽鳥もそんな彼女の歌に触発され新たな楽曲を作り続ける。

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 羽鳥とスズ子、ふたりの旅路の途中で生まれたさまざまな歌……やはり特に印象深いのは戦争に行った弟の六郎(黒崎煌代)を慮るスズ子の気持ちを歌にした「大空の弟」だろう。悲しく切ないようでメロディーの奥に怒りさえ滲み出るこの曲を歌うスズ子は圧巻であったし、羽鳥が「大空の弟」を軍歌調にもただの哀歌にもしなかったのは、彼女の想いを深く理解し戦時中でも歌えるものとして作曲したからだ。

 戦後になり、羽鳥とスズ子は「東京ブギ」をはじめ、バリエーション豊かなブギの楽曲を発表しヒットも飛ばすが、この頃からふたりの関係は師弟でありながら同志であり戦友でもある方向により強くシフトしていく。さらに、スズ子が後進の活躍や自らの身体能力の衰えから歌手としての引退を決意すると羽鳥は強い動揺を見せる。もはや彼にとってスズ子は自分の音楽における“片割れ”のような存在になっていたのだろう。

 先に羽鳥とスズ子、ふたりの関係性が次第に変化していくさまが面白いと書いた。穿った見方かもしれないが、放送期間が半年に渡る朝ドラで、主軸である男女ふたりの関係性の変化に一切“恋愛要素”がまぶされてない作品は珍しいのではないか。下手なロマンスを排し、かといってただの上下関係でもなく、歌を媒介に紡がれていくふたりだけの世界。この世界には羽鳥の生活の面での伴走者・妻の麻里(市川実和子)も、スズ子が愛した愛助(水上恒司)も立ち入ることはできなかった。

 そんな稀有な関係性を成立させた立役者が草彅剛である。稀代の作曲家・羽鳥善一はときに変人モードも醸す天才であることは間違いないが、ともすれば変人としての印象が濃く出すぎる可能性もあるこのキャラクターを草彅は血の通ったひとりの人間として物語に存在させた。これはひとえに草彅の演技力とその佇まいあってこそだと思う。

 今さら、と言われるかもしれないが、草彅剛が醸す空気感や雰囲気には決してほかの俳優が真似できないサムシングがある。たとえば優しい目の奥にふと見える怒りや哀しみ、何を考えているのか読み取れない非凡さ、明るく振舞えば振舞うほど寂しさが見え隠れする表現。羽鳥善一はまさに草彅にしか演じられない役だった。

 特にそれを強く感じたのはスズ子が歌手の仕事に迷いを持ち始めたドラマ終盤だ。自分が作曲した歌を最高の形で観客に魅せてくれる彼女が後輩歌手に「ラッパと娘」を歌わせて良いかと羽鳥のもとを訪ねる。このあたりから羽鳥のせりふ量がグっと減った。でも私たちには彼が何を考えているのかはっきり伝わる。その目の奥に、表情すべてに羽鳥の言葉にできない気持ちが溢れ出ていたからだ。せりふに頼らず表情で……というか、胸の深いところで役の心情を紡いでそれを表出させる技術。まさに『ブギウギ』終盤の草彅に映像演技の真骨頂を見た気がする。

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