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かつては流刑地だった!順徳天皇や日蓮聖人も配流、金銀の採掘も行われた「佐渡島」の歴史

Japaaan

また、日蓮宗の宗祖・日蓮聖人(にちれんしょうにん)も、鎌倉幕府や他教を批判したことで1271年に配流されました。さらに、能を大成した世阿弥も1434年に配流されています。

こうした人々がもたらした文化は、現在でも佐渡の伝統芸能に影響を及ぼしています。

江戸時代には金銀山が幕府財政を支える

江戸時代になると、幕府は佐渡の金に注目するようになります。佐渡は藩が置かれず徳川幕府の直轄地(天領)となり金銀山開発が進められました。そこでとれた金や銀は幕府の財政を支えました。

鉱山開発により、多くの労働者や商人がやってくるように。人口も増え、それを支える農業や林業も発展しました。

明治時代、採掘を中止

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明治時代になると、採掘量と費用の採算がとれなくなり、民間に払下げをしたあと、1989年に採掘は中止されました。現在では、金銀山の跡を観光地として利用するほか、世界遺産への登録を目指し推進活動を行っています。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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