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「ずっと思ってた」北千里駅と南千里駅の間はなぜ山田駅? 阪急電鉄が語った「開業秘話」

女性自身

 

ただ、担当者は「詳しい資料は残っていない」としつつも、「もともとすごく昔から、この辺りは『山田』という地名だったんですね。現在残っている当時の資料でも、『吹田市山田地区に交通の拠点を』という言い方をしていました。おそらく地名にちなんだ駅名にしたのではないかと思います」と語った。

 

確かに山田駅のある吹田市が誕生した背景には、1955年に「三島郡山田村」が編入された歴史がある。その上で担当者は、山田駅ができた経緯や背景を教えてくれた。

 

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千里ニュータウンは、日本で初めてできた大規模住宅都市。高度経済成長期の人口増加に伴い、1961年に大阪府の企業局によって開発された。1970年には吹田市で日本初となる万国博覧会が開催され、会期中は約6422万人が来場。北千里駅では万博開催に備えて、1967年の開業と同時に世界初となる自動改札機が導入された。

 

「実は万博が開催された当時、北千里駅と南千里駅の間に『万国博西口駅』という臨時駅があったんです。いまの山田駅から300mほど北側にあり、万博に訪れる人のための駅でした」

 

大勢の来場者が利用した万国博西口駅は、万博の閉幕とともに廃駅に。だが一部住民からは「常設駅にしてほしい」との要望もあったようで、1973年に現在の山田駅ができたという。また前年の1972年に、万博の娯楽施設を受け継いだ遊園地「エキスポランド」が開業したことも大きかったようだ。

 

「山田駅を作ろうってなった時には、千里ニュータウンもほぼ完成してきており、住民も増えていました。当時はまだ周辺にモノレールもできていなくて、エキスポランドの近くに駅がなかったんです。都市開発が進んできたことと、エキスポランドができたことで需要が高まり、『お客様にとって便利だな』という考えから現在の場所に山田駅が新設されました」

 

なお現在の山田駅は大阪モノレールと直結しており、「万博記念公園」まで一駅。2009年に「エキスポランド」は閉園したが、現在は跡地にできた日本最大級の大型複合施設「エキスポシティ」に多くの人々が集っている。たとえ“千里”を冠さずとも、地域で暮らす住民を長く支えているようだ。

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