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東大が“文理融合型”の新課程設立へ “これを学んだ”が就活時に言いづらく? 夏野剛氏「企業はGPAを聞くべき。サークルとバイトの話はもういい」

ABEMA TIMES

 就活でも人材採用の面でも重要な指針となる、大学の「文系」「理系」の区分。東京大学がそこに一石を投じる新たな教育課程の設立を発表した。

【映像】“文理文理”の弊害

 肝となるのが、「文理融合」。新たな教育課程は学部の4年間と大学院修士の1年間を合わせた5年制で、文系や理系といった縦割りではなく、様々な分野を横断的に学ぶという。授業はすべて英語で行われ、定員の半数ほどは海外からの留学生を想定。脱炭素化や社会システムのデザインなど、地球規模の課題を解決できる人材の育成を目指し、2027年秋の開設に向けて検討を進めているという。

 SNSでは期待や懸念など様々な声があがるが、実現すると何が変わるのか。そのメリット、デメリットは。『ABEMA Prime』で議論した。

■「文系・理系という分け方は日本独特で厄介」

 2010年に「文理融合は必要、だけれどもけっこうしんどい」という論文を執筆している長崎大学准教授の増田研氏は、「1990年代からいろんな大学が文理融合を謳い、この10年ぐらいあまり聞かないなと思っていたら、東大が“デザイン”という言葉に落とし込んできた。学校のカリキュラムの中でやるのはけっこうしんどい気がするが、東大ぐらい体力のあるところならできるかもしれない」と話す。

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 また、「文系・理系という分け方は日本独特で厄介だ」と指摘。「理系といっても、昆虫を研究する人、実験室で原子力を研究する人、医師といろいろな分野がある。文系も同じで、私みたいなフィールドサイエンスをやっている者や、文献をじっくり読んで研究する人もいる。人や学問をカテゴライズし、これが一度定着してしまうと、“理系だから文系の考えてることよくわかんない”ということが起きてしまう」と述べる。

 夏野剛氏は「慶応大学で14年間、特別招聘教授をやっていた。外から来て、修士号は持っているけど博士号はなく、“何が専門ですか?”“論文は?”と聞かれる。アカデミズムの中にこそ文系・理系を言いたい先生がたくさんいると思う」との見方を示す。

 これに増田氏は「それはある。“私はこれの専門だ”となると、それ以外の領域があることをほとんど想像しなくていい人たちも出てくる。そこはすごく安心感のある世界だ。私は文系出身で専門はアフリカなのだが、同じ大学の違う分野の人たちは“アフリカより遠い”と感じた。ところが、“私のやり方だとこういうことができます”“あなたたちはこういうことができますね”というコミュニケーションを何年も続けると、お互いにわかってくる。コミュニケーションをきちんと保つことによって文理融合の実現性は変わってくると、経験的上言える」とした。

■「“学んだ学生がどういう道に進むか?”という出口の提案を」

 増田氏は、「なんちゃって文理融合」は簡単だと指摘し、「文理協業」を提唱する。「文理融合は、ミルクとコーヒーが混ざってカフェオレになるような、新しい何かが出来上がっていく幻想を抱かせかねない言葉。そうではなく、1つのプロジェクトの中で、いろんな人が自分の得意技を持ち寄って、共通のゴールに向かって作業をするという、作業タスクのデザインの仕方だったらできると思う」。

 また、そのためには広い視野と柔軟性が必要だと言う。「目配りがきちんとできるリーダーの存在が大事。いろんな学問分野の先生が集まると、バラエティのある科目が並ぶ。学生はたくさんある小鉢から好きなものを食べていくんだけれども、“あなたが食べたのは何料理ですか?”と聞かれた時、トータルなパッケージとして答えるのには困ってしまう。狭い専門性ではなく、いろいろなものが組み合わさって1つ成し遂げたという形にすることが大事だ」と述べた。

 さらに、「日本の若い人たちは“専門性を身につけなきゃいけない”という、一種の脅迫観念があるのではないか」とも危惧する。「就職の面接で“何を学んだんですか?”と聞かれた時、学生も“◯◯学を学んでます”と答えたい。ところが、文理融合を謳う学部だと、“◯◯学部の△△学のゼミにいました”という歯切れの悪い答え方になるだろう。身につけたことを、自信を持って言えればそれでいいと思うが、“社会に役立つ感のあるような学問のほうが人材アピール力がある”という風潮。それは産業界に理由があると思う。逆に言えば、大学が日本社会に求められているものが何なのかに関わってくる」と投げかけた。

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