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FA宣言もまさか…他球団からオファーがなかった歴代選手6人。大ピンチを乗り越えた選手たち

ベースボールチャンネル

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 シーズンオフに大きな話題を集めるのが、フリーエージェント(FA)市場だ。2023年オフには西川龍馬、山﨑福也、山川穂高の3選手がFA移籍を決断した。多くの選手が他球団移籍を実現させてきたが、獲得球団が現れないケースも少なくない。そこで今回は、FA権を行使するも、他球団からオファーがなかった歴代選手を紹介したい。

 

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木村昇吾


・投打:右投左打
・身長/体重:183cm/78kg
・生年月日:1980年4月16日
・経歴:尽誠学園高 – 愛知学院大
・ドラフト:2002年ドラフト11巡目
 
 FA権を行使するも、所属球団なしの危機に見舞われた木村昇吾。最終的に入団テストを経て、埼玉西武ライオンズへ加入することになった。
 
 2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズに入団したが、目立つ活躍ができないまま、広島東洋カープにトレード移籍。それでも、新天地では守備固めや代走で立場を確立し、出場機会を大幅に増やした。
 

 
 2010年には打率.324(規定未満)を残すなど、バットでも存在感を示すと、翌2011年は自己最多の106試合に出場。同年は故障した梵英心に代わってレギュラーの座を掴み、打率.259(規定未満)、リーグ2位の37犠打と役割を果たした。
 
 その後は再び控えに回る形となり、スタメン出場の機会を求めて2015年オフにFA宣言。人的補償が不要なCランクだったが、他球団からのオファーはなし。
 
 広島はFA宣言後の残留を認めない方針だったため、去就が注目されたが、入団テストで西武との契約を勝ち取った。
 
 西武では2年間プレーしたのち、競技を変えてクリケット選手へと転身した。

松永昂大


・投打:左投左打
・身長/体重:175cm/82kg
・生年月日:1988年4月16日
・経歴:高松商 – 関西国際大 – 大阪ガス
・ドラフト:2012年ドラフト1位
 
 2020年オフに国内FA権を行使するも、他球団からのオファーがなく、チームに残留した松永昂大。その後は故障にも苦しみ、一軍登板がないまま現役引退となった。
 
 大阪ガスから2012年ドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団。ルーキーイヤーから58試合に登板し、4勝1敗28ホールド、防御率2.11と大車輪の活躍を見せた。
 

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 翌年以降もブルペンの一角を担い、2018年には自己最多の60試合登板、28ホールドポイント(2勝26ホールド)、防御率3.15の好成績をマーク。
 
 プロ入りから7年連続で40試合登板をクリアしていたが、2020年は左肘のコンディション不良に悩まされ、5試合の登板にとどまった。同年オフにFA宣言するも、獲得球団が現れずロッテに残留。
 
 翌2021年は一軍、二軍ともに登板なく、同年オフには育成契約に。2022年7月に支配下復帰したが、一軍マウンドに立つことなく、同年限りで現役引退を決断した。

藤井秀悟


・投打:左投左打
・身長/体重:175cm/86kg
・生年月日:1977年5月12日
・経歴:今治西高 – 早稲田大
・ドラフト:1999年ドラフト2位
 
 2009年オフにFA宣言した藤井秀悟だが、他球団からの獲得オファーがなく、一時は所属球団なしの危機に見舞われた。最終的に年俸ダウンで読売ジャイアンツに移籍する運びとなった。
 
 1999年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団すると、プロ2年目の2001年に最多勝(14勝)を獲得するなど大きく飛躍を遂げた。
 

 
 その後も故障に悩まされるシーズンはあったが、計3度の2桁勝利を挙げるなど、先発の一角として活躍。
 
 2008年に交換トレードで北海道日本ハムファイターズに加入。翌2009年には7勝をマークし、同年オフに国内FA権を行使したが、獲得球団が現れず、日本ハムも再契約を否定。所属球団なしの危機を迎えたが、2010年から巨人でプレーすることが決まった。
 
 2011年オフには、村田修一の人的補償で横浜DeNAベイスターズに移籍。2013年には開幕投手に抜擢されるなど貴重な戦力となっていたが、翌2014年に戦力外通告を受けて現役を引退した。

桧山進次郎


・投打:右投左打
・身長/体重:177cm/78kg
・生年月日:1969年7月1日
・経歴:平安高 – 東洋大
・ドラフト:1991年ドラフト4位
 
 2002年オフにFA宣言するも獲得オファーがなく、阪神タイガースに残留した桧山進次郎。結果として翌年に初のリーグ優勝を経験し、晩年は“代打の神様“として活躍するなど、阪神一筋でキャリアを終えた。
 
 1991年ドラフト4位で阪神に入団すると、1995年にレギュラーを奪取。1997年には自己最多の23本塁打を放つなど、主軸打者としてチームの暗黒期を支えた。
 

 
 2002年は打率.293、13本塁打、61打点の好成績を残したが、同じ外野手の金本知憲が加入することもあってFA権を行使。しかし、他球団からのオファーはなく阪神に残留した。
 
 すると、翌2003年は4番打者として打率.278、16本塁打、63打点の活躍でリーグ優勝の原動力に。さらに2005年にも打線を牽引し、リーグ制覇に貢献した。
 
 2006年以降はスタメン出場の機会が限られたが、代打で存在感を発揮。2013年に惜しまれつつ、現役生活に別れを告げた。

塩崎真


・投打:右投右打
・身長/体重:178cm/72kg
・生年月日:1973年6月29日
・経歴:熊本工 – 新日鉄広畑
・ドラフト:1996年ドラフト3位
 
 勝負強い打撃に加え、遊撃を中心に内野の全ポジションをこなす守備力が光った塩崎真。2006年オフにFA権を行使したが、獲得に乗り出す球団は現れなかった。
 
 1996年ドラフト3位でオリックス・ブルーウェーブ(現:バファローズ)に入団。プロ1年目から104試合に出場すると、2000年には遊撃の定位置を掴んだ。
 

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