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J1で5位でも“スタイルが見えない”とばっさり。岩政大樹が目ざしたものとは?「積み上げていくしかない。諦めずにトライし続けた」

SOCCER DIGEST Web

J1で5位でも“スタイルが見えない”とばっさり。岩政大樹が目ざしたものとは?「積み上げていくしかない。諦めずにトライし続けた」(C)SOCCER DIGEST Web
「鹿島は日本で1番、チャレンジャーとして誕生したクラブです。これからもずっと、鹿島がそうあり続けることを願っています。また来年、この選手たちとともに戦ってください。今年撒いた種を花開かせるシーズンになると思います」

 12月3日の2023年J1最終節で、最下位の横浜FCを2-1で下し、5位でフィニッシュした鹿島アントラーズ。岩政大樹監督は、最終戦セレモニーの挨拶で目を真っ赤にしながら“惜別”の言葉を口にした。

 直後の記者会見でも「2年間、自分なりに全てやり切ったと思ってますし、ここに僕が来たのは、監督をやりに来たわけじゃなくて、10年間の恩返しをしに来た。それはもう自分がやり切った。ここまでのステージはいったん終わりかなと思っています」と発言。改めて退任を示唆したのだ。

 その後、報道陣の取材に応じた吉岡宗重フットボールダイレクターは「我々はタイトルを狙っているクラブ。ACLにも毎年出ないといけないのに、去年と同じような順位で終わったのは、やはり足りないところが多かった。

 スタイル確立には岩政監督が取り組んでくれていたが、ファン・サポーターが見て『これ』と分かるものが出せなければスタイルとは言えない。そういう部分ではまだまだ確立ができなかった」と厳しい評価を下した。

「スタイル構築には長い時間がかかる。時間をかけて積み重ねていくしかない」と口癖のように言っていた岩政監督は、来季も続投し、チームの完成度を引き上げたいと考えていたはずだった。けれども12月4日に退任が正式決定。志半ばにしてクラブを去ることになった。

 2022年8月からレネ・ヴァイラー監督の後を引き継ぎ、1年半指揮を執った若きレジェンド指揮官が目ざしたものは一体、何だったのか。それを今一度、検証してみる。

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 昨年8月の就任会見。岩政監督はこのように抱負を語っていた。

「過去10年のJリーグ優勝チームの傾向を見ると、サンフレッチェ広島はミハイロ・ペトロヴィッチ監督から森保一監督、川崎フロンターレは風間八宏監督から鬼木達監督、横浜F・マリノスはアンジェ・ポステコグルー監督からケヴィン・マスカット監督と、哲学に合った監督を連れてきてスタイルを作り、それを継承しながら勝ってきた。鹿島もベースとなるサッカーがどういうものかをしっかりと表現できるようにならないといけないと思います」

 とはいえ、ベースとなるスタイルを明確に表現したうえで勝つというのは、難易度の高いテーマ。岩政監督自身も「今の時点でマリノスや川崎に対して、ボールゲームで上回ることは難しい」と認めていた。

 だからこそ、「スペースや空間・時間で上回ることが必要。どうすれば上回れるのかを選手たちに分かってもらいながら、プレーさせることが僕の仕事」と強調。中長期的にボールを動かす力を向上させつつ、「隙を突く」「際で勝つ」といった鹿島の伝統をピッチ上で表現すべく、自身のアプローチをスタートさせた。

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 高校と大学で短期間、指導しただけの新人監督がそれだけの大仕事をして、結果も残すというのは至難の業。実際、2022年の後半は思うように結果が出なかった。

 初陣となったアビスパ福岡戦を2-0で勝った後は、7戦未勝利。最終的に岩政体制ではリーグ戦で2勝6分2敗の戦績でシーズンを終え、ヴァイラー前監督を解任した時点と同じ4位だった。

 これは岩政監督自身も不本意だったに違いないが、半年間で成果が出ないこともある程度、分かっていたはず。勝負を懸けて2023年に挑むことになった。

 真価の問われるシーズンに向けて、鹿島は戦力の入れ替えを実施。和泉竜司、三竿健斗、エヴェラウド、キム・ミンテら経験豊富なプレーヤーが去り、鹿島OBの昌子源、植田直通、垣田裕暉が加入。さらに佐野海舟、知念慶や藤井智也といった面々が移籍してきた。

 問題があるとすれば、外国人選手か。前年から重用していたディエゴ・ピトゥカは戦力化できていたが、アルトゥール・カイキはザーゴ監督、エレケはヴァイラー監督がそれぞれ連れてきた選手で、起用法に難しさを感じていたのではないだろうか。

 限られた資金面で、エヴェラウドや上田綺世のようなFWを獲れなかったのも痛かった。計算できる点取り屋は鈴木優磨ただ1人。そこは紛れもなく大きな問題点と目された。
 
 そういったなかでも、岩政監督はJ1実績の乏しい若手を積極起用しながら、チーム作りを進めていこうと決断。立ち上げの時期から怖がらずにボールを動かし、ビルドアップするというスタイルにもチャレンジ。これまでの鹿島に足りなかった部分を伸ばそうと試みた。

「過去のウチは、ビルドアップに取り組まなかった監督も、途中でやめた方もいると聞いています。プレシーズンの練習試合で負けが続いた時には『やめたほうがいいんじゃないか』と言ってきた主力もいました。

 でもウチのような茨城の地方クラブは、お金を使って大胆な補強はできない。コツコツと積み上げていくしかないと思って、僕は諦めずにトライし続けました」と、彼は神妙な面持ちで言う。

 不穏な空気も漂うなか、シーズンがスタート。京都サンガF.C.との開幕戦こそ2-0で白星発進したものの、続く川崎戦では終盤までリードしながら1-2でまさかの逆転負けを喫してしまう。
 
 3月に入ると長いトンネルに入り込み、横浜、広島、柏レイソル、ヴィッセル神戸に4連敗。神戸に1-5で大敗した際には、岩政監督解任論も一気に高まった。

 そこで指揮官は、鈴木と垣田を2トップに配した4-4-2にシフト。もちろんビルドアップを諦めるつもりはなかったが、2人の推進力でグイグイと押していく形で得点力アップを図った。それがすぐさま結果につながり、最悪の状況を脱することができた。

「『原点回帰』みたいな言われ方をしましたけど、僕は、蹴って走ってゴールといったスタイルに転換したつもりはない。選手同士の個性を最も出せる形を模索し、辿り着いたのが、優磨と垣田の2トップだったんです」
 
 岩政監督はこう語ったが、確かに鈴木がそこからゴールを量産し始め、チームの結果もついてきた。この事例に象徴される通り、岩政大樹という指揮官は常に「個の成長」に重点を置く傾向が非常に強かった。

 ビルドアップに強くこだわったのも「選手たちが今のサッカー界で生き抜いていくうえでマスト」という根強い考えがあったのだろうし、松村優太や藤井のような槍タイプのウインガーに中央での仕事を求めたのも、「将来を考えると必ず行き詰まるから、今ここで課題を克服しておかなければいけない」という親心だったに違いない。

 個々にフォーカスした結果、鈴木はJリーグでキャリアハイの14ゴールを挙げ、佐野や関川郁万、早川友基、松村ら若い世代も大きく飛躍した。けれども、「目先の勝利」「タイトル」を義務付けられる鹿島の指揮官は、それだけでは足りなかったのだ。

※第1回終了(全3回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

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