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ここぞの場面で劇的な一打を放つ勝負強さが魅力!5年連続で3割クリアの巨人歴代No.1助っ人とは!?【プロ野球助っ人外国人列伝】

ラブすぽ

助っ人外国人列伝/巨人打者編

日本球界を彩ってきた助っ人外国人選手たち。「ラブすぽ」が独自に選んだ投打の名選手各5名と、印象深い選手を投打から各1名紹介する。

外国人選手初の名球会入りを果たしたアレックス・ラミレス! 【打者1位】ウォーレン・クロマティ

〈NPB通算データベース〉
・打率 321
・本塁打 171本
・打点 558打点

当時は珍しかった現役バリバリのメジャーリーガー

巨人歴代助っ人ナンバー1に輝いたウォーレン・クロマティ。このランキングはチームへの貢献度や話題性などから「ラブすぽ」編集部が独自に算出したものだが、打者のナンバー1と言えば、やはりクロマティだろう。

それまでの巨人にはメジャー球団・ブレーブスで73年に43本塁打を放ったデービー・ジョンソンや通算314本塁打のレジー・スミスなどメジャーの大物が入団したが、年齢的にピークを過ぎており、目立った活躍ができなかった。その点で前年までエクスポズのスタメンを張り、30歳と脂が乗っていたクロマティの入団は大いに期待されたのだ。

巨人の欠かせないクリーンアップとして打撃の要に

入団1年目の1984年前半は、変化球主体でコースを突く日本野球に慣れるまで苦しんだクロマティだが、徐々に適応しながら35本塁打を放ち、期待された長距離砲として首脳陣を喜ばせた。

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クリーンアップとして定着した翌年からは5年連続で3割をクリアし、ここぞの場面で劇的な一打を放つ勝負強さも歴代助っ人ナンバー1の理由である。印象的だったのが優勝争いをしていた1986年10月に行われたヤクルト戦。クロマティは頭部に死球を受けて動けなくなって担架で病院に搬送されたが、こっそりと病院から抜け出すと翌日にベンチ入り。試合は巨人がリードされていたが、代打を志願したクロマティは尾花高夫から逆転のグランドスラムを放ったのだ。

また、1989年は「4割を打って引退する」と宣言すると、そのシーズンは長打を捨ててヒットを量産し、規定打席に到達した時点で4割を超えるハイアベレージを記録。最終的な打率は378まで下がって4割打者誕生はならなかったが、首位打者とMVPに輝く活躍を見せた。

独特の打撃フォームやパフォーマンスでファンを虜に

さて、クロマティと言えば極端なクラウチングスタイルを思い浮かべる。一見、打ちにくそうに思えるが、クロマティいわく日本のストライクゾーンに対応するにはこのスタイルが合っているらしく、実際に広角に打ち分けるシュアな打撃でそれを証明している。あまりの活躍ぶりに、当時の少年野球ファンはこぞってクロマティのクラウチングスタイルを真似したものである。

また、打撃面以外でも存在感のあったクロマティは常にガムを噛み、風船をふくらませて破裂させ、自らが打点を出した後に守備につく際に行った万歳三唱のパフォーマンスも思い出深い。

こうして歴代助っ人のなかでファンから愛されたクロマティは、90年のシーズン後に退団。翌年にロイヤルズでメジャー復帰したが、満足なパフォーマンスができないことを理由にその年に現役を終えている。

通常、助っ人外国人はチームを去ると母国に拠点を移すが、クロマティは違った。2005年に独立リーグのジャパン・サムライ・ベアーズの初代監督に就任すると、度重なる退場劇で解雇されたかと思えば、2007年にはプロレスイベントのハッスルで「インドの猛虎」ことタイガー・ジェット・シンと対戦するなど、日本で話題に事欠かない活動を続けた。

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