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木戸孝允、伊藤博文らが貢ぐ貢ぐ!様々な大物政治家を虜にした絶世の美女・江良加代

Japaaan

日本において、幕末期から明治時代にかけては、写真技術が発達したこともあり、少しずつ色々な人の写真も残されるようになりました。そんな時期に残っている写真の一つに、江良加代(えらかよ)という女性を映したものがあります。

絶世の美女と呼ばれた京都祇園の芸妓だった彼女。とにかくモテモテ、しかも相手は大物ばかり、という人生を送りました。今回の記事では、そんな江良加代(えらかよ)さんに迫っていきたいと思います

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出自・容姿・芸事も完璧

江良加代(えらかよ)は、文久2年(1862年)に生まれました。彼女の母が華頂宮(かちょうのみや)家に使えていたこともあり、出自も恵まれていました。また、幼いころから容姿が美しかっただけでなく、芸事にも優れていたとか。

お座敷デビューし、売れっ子に

江良加代の生家が京都・祇園社の近くで、花街に近かったこともあり、彼女は祇園・井筒屋からお座敷デビューを果たします。

彼女の美貌・才能はまたたくまに京都中に広まっていきます。現代で言うところの芸能人のような存在に近かったのではないでしょうか。

そんなうわさを聞きつけてやってきたのが、後に内閣総理大臣となる西園寺公望(さいおんじきんもち)でした。

西園寺家の事情で破局

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