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死去・池田大作氏の威光はどこに…公明党・山口代表、訪中の成果は「パンダ貸して」!?

アサ芸Biz

 11月18日に伝えられた池田大作創価学会名誉会長の死去。岸田文雄首相が総理の公式HPで哀悼の意を表すと、SNSでは「政教分離論争」が持ち上がり、自公連立の今後を危ぶむ声もある一方で、弔い選挙での早期解散論までが持ち上がるなど、その死の影響は各所に及んだ。

 だが、その「御威光」が通用しないような場面も見られた。公明党山口那津男代表が行った22、23日にかけての訪中だ。

「山口氏はかねてから日中平和友好条約45周年に当たる今年の訪中を計画し、その目玉として習近平国家主席との会談を希望していました。そしていったんは8月の訪中が決まりかけましたが、福島原発の処理水放出問題で延期に。今回は満を持しての訪中だったわけですが、習氏との会談は叶わず、結局、実現したのは中国ナンバー5の蔡奇政治局常任委員と王毅外相との会談で、習氏に関しては、岸田首相の親書を蔡奇委員に渡すことしか出来ませんでした」(全国紙記者)

 会談の成果もはかばかしいものではなかった。アステラス製薬の現地法人の邦人幹部がスパイ容疑で拘束されていることについてはお茶を濁され、処理水問題を巡っては、早期の海産物の輸入禁止撤廃を求めたものの、王外相から「中国独自のモニタリングを行う」と突っぱねられてしまった。唯一の成果が、新たなパンダの貸与要請に関して蔡奇委員から前向きな回答を得たこと、などと言われている始末だ。

 創価学会の公式サイトによれば、1974年に池田氏が2度目の訪中をした際、周恩来首相から会談の希望を伝えられたが、周氏がガンで闘病中だった事情を考慮して固辞したものの、たっての願いということで、会談が実現した経緯があった。また、創価学会と公明党は、72年に田中角栄首相(当時)が中国と国交正常化を果たす際にも、それ以前より中国とのパイプ役を果たしたとされる。

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 そうした実績がありながら、山口氏が訪中して残した成果は「パンダ外交」の要請とは…。「死せる池田大作、生ける習近平を走らす」とはならなかったようだ。

猫間滋

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