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「スピン/spin」尾形龍太郎 編集長インタビュー「書き手のプラットフォームのような媒体を目指す」

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――「文藝」在籍時の文芸をめぐる状況をどのようにとらえていましたか。

尾形:何も分からない中、初期はJ文学の盛り上がりの後半を経験し、その後、綿矢りささん(2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞)、金原ひとみさんがデビューして、2004年に第130回芥川賞を同時受賞し話題になった。そんな文学シーンが華やかだった時代を、なんといいますか、中にいながら「眺めていた」という感じです。自分が携わったという意識はありません。その時代が過ぎてふと横をみると、中村文則さん、滝口悠生さん、上田岳弘さんなど、「新潮」新人賞でデビューされた方々が華々しく活躍していた。当時の編集長は矢野優さんで、尊敬する先輩のお一人です。もちろん「群像」も「すばる」も「文學界」もさまざまな新しい才能が現れ、誌面も編集長が交代するごとにリニューアルしていました。その中でも池谷真吾さんが編集長になられてからの、小説と批評が見事に融合した「トリッパー」には本当に刺激を受けました。

 文芸誌はもちろん、純文学を届けるのがなかなか難しくなっていた状況の中で、各誌が短いスパンでの試行錯誤を「前向き」にしていたのが、2000年代の文学シーンだったと思います。

 そんな中、(自社のことで恐縮ですが)「文藝」の場合、2019年に編集長が現在の坂上陽子に交代し、紙面を大幅にリニューアルして、同年の文藝賞から宇佐見りんさんや遠野遥さんがデビューします。その瞬間から、文学シーンに何か新しい火が灯った印象を持っています。

――「文學界」からは、又吉直樹『火花』(2015年)という大ヒットもありましたけど。

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尾形:あの出来事は、文芸編集者ならみな、「やられたと」と思ったのではないでしょうか。翌年、尾崎世界観さん(「スピン/spin」で小説「すべる愛」を連載中)が『祐介』でデビューされます。今でも覚えていますが、神田三省堂の店頭で寄藤文平さん装幀のピンクの本が目に飛び込んできて手に取り読んだのですが、その胸の内を引き摺り出して晒すような作品に、衝撃を受けました。お二人とも、もちろん他ジャンルで活躍されていたわけですが、その作品の文学性に衝撃を受け、しかし、どこかで悔しく思っていたことは間違いないと思います。

■読者の視野が少しだけ広がってくれることを願って

――そして、「文藝」編集長から「スピン/spin」編集長になったわけですが、創業140周年企画として、次はこれを担当してくれと話があったんですか。

尾形:いや、全然違うんです。2018年に若竹千佐子さんが『おらおらでひとりいぐも』で第158回芥川賞を受賞したくらいのタイミングで社長から、「そろそろ雑誌を離れることを考えろ」といわれました。まあ、20年近く文藝編集部にいること自体がイレギュラーなわけで、でも、いきなり書籍だけをやることが自分にはできるのかな、という思いが過りました。不安だったんでしょうね(笑)。同時に、僕はもともと純文学は好きなのですが、趣味は漫画(乱読・いまだに少年誌4誌+青年誌1誌を読んでいます)と警察小説や幻想文学を読むことで、いつかもっと自由な媒体ができないだろうか、という気持ちもありました。ただそれが、WEBか、電子書籍か、紙かは決めていなくて、2019年に「文藝」を離れた後、なにか時代にあったものをやれればいいと考えていたら、2020年にコロナ禍になってしまった。出版業界自体が動けなくなったから、お陰でじっくり考える時間があったんですね。

 坂上が編集長になった「文藝」はもちろん、各文芸誌や小説誌も新しい動きをしているように感じました。自分にはできなかった文学シーンにおける「新しさ」と盛り上がりを羨ましく思いつつ、しかし同じ方向を向いてもしょうがないし、文壇などの評価に絡めとられないものをやってみたいという気持ちが強かった。「文藝」時代は掲載作がどう評価されるか(「文學界」の「新人小説月評」や「群像」の「創作合評」、新聞の文芸時評)を気にしたり、それこそ雑誌掲載作品が芥川賞の候補になるかどうかに気を揉む生活をしていたんです。気が弱かった。そういうところから距離をとりたいという気持ちも正直、ありました(笑)。

 そんな思いを胸に、コロナ禍の中、コツコツと書き手の方々と「新しい雑誌を立ち上げたら書いてくれますか」と相談する日々が続きました。ちなみに一つ決めていたのは、創刊の段階では文藝賞受賞作家にはご相談しない、ということでした。

 とにかくずーっと考えていた気がします。そんな中、ある日実家に帰ったとき、母親が筑摩書房のPR雑誌「ちくま」を定期購読していることを知ったんです。それを手にしながら、「やはり紙の媒体をやりたいなあ」という思いが強くなったことは、よく覚えています。

 その後、創刊する際に力になってくれる書き手の目処はなんとか立ちました。でも、雑誌、とりわけ「紙」の雑誌を作るのには、当然お金がかかります。すると、隣の席に座っている上司が「140周年記念で会社を口説いてみたら」とアドバイスをしてくれたんです(笑)。その考えは幸いにもハマって、会社から正式にゴーが出たのが2021年6月のこと。気づけば「文藝」を離れて2年半の歳月が流れていました。

 そこからは怒涛の日々で、書き手との打ち合わせや社内打ち合わせに加えて、デザイナーの佐々木暁さんとはどれだけ長い期間、「スピン/spin」について語り合ったか……表紙の絵を毎号いただいているポール・コックスさん(フランス在住)が決まるまでの道のり、挿画の塩川いづみさんが決まるまでの道のり、本文レイアウトが決まるまでの道のり、そして表紙のレイアウトが決まるまでの道のり……その時間は、苦しくもありましたが、文化祭前夜みたいな空間でした(創刊は翌年、2022年9月)。

――140周年記念ということが先にあったのかと思いましたけど、逆だったんですね。

尾形:新しいことをやることに関して、会社は「まず、前向きに話をきく」という考えなので、その点はとてもいい会社です。ただ、先ほども触れましたが、雑誌はお金がかかります。ですから「河出書房新社創業140周年記念カウントダウン企画」として期間限定で刊行することをまず決めました。さらに1号出すのに原稿料や編集費はもちろん印刷・製本代を含めていくらかかるかを試算すると同時に、この雑誌から何冊単行本を出し、文庫化できるかを考えた。さらに制作部と相談して、「スピン/spin」の特徴である株式会社竹尾との「紙」を考えるコラボも加わり、個人的には本当にギリギリの中で、運にも恵まれて創刊にこぎつけた、という印象です(笑)。正直、僕が編集長だった当時の「文藝」は、売り上げ的にはなかなか厳しかったですから。

 あと付け加えさせていただけるなら、その時期に、柳美里さんの『JR上野駅公園口』(「文藝」時代にいただいた小説)の英訳版「Tokyo Ueno Station」が全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞したり、川本直さんのデビュー作『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(書き下ろし)が読売文学賞(小説賞)を受賞するなど、話題作と伴走できたことも、会社が創刊をOKしてくれた理由の一つかもしれません。やっぱり僕は、作家に支えられているんですよね。

――「スピン」の編集は何人でやられているんですか。

尾形:実は正式な編集部があるわけではないんです。ただ、僕の他に書籍編集者と並行して常駐で携わっている編集者が3人います(宝塚や幻想文学が好きな編集者、お笑いや演劇が好きな編集者、詩歌と文化人類学を愛する新人編集者)。さらに社内の編集者が、自由に「こんな企画(小説)をやりたい!」と手をあげるという進め方です。連載に着いては企画会議を通す必要はありますが、ジャンルの縛りを極力排除した、自由に使える媒体にしているつもりです。

 「文藝」はもともと新人賞を催す新人開発媒体であり、やはり純文学の雑誌という立ち位置は崩さないし、崩すべきではないと思っています。一方、「スピン/spin」は文芸誌とは呼んでいなくて、オールジャンルの雑誌です。極端な話、数学が得意な編集者が「この公式は掲載すべきです!」というなら、それも面白いかもしれない。

――「スピン/spin」(「回転」のほか、本の「栞の紐」も意味する)は恩田陸さんの命名だそうですが、「日常に「読書」の「栞」を」というコンセプトは、どのように決まったんですか。

尾形:この厳しい社会で生き残るため、言葉で戦おうとする文学の姿勢は大切だと思います。でも僕にはできないという思いもある。僕は小学生の頃から、この世のなかが嫌だから本に逃げた体験があって、それは今でもあまり変わっていません。小学生の頃にいじめられたとき、その後、学生時代や社会人になってから嫌なことに直面したとき、いつも小説や漫画の世界に逃げてきた。江戸川乱歩いうところの「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」が僕にとっての文学の本質です。でも人は、当たり前だけどこの社会に生きていて、だからこそ、この忙しない、逃げようのない日常の中、ちょっと立ち止まって、別の世界・価値観があることを知って欲しいという思いを込めて、「日常に「読書」の「栞」を」をこの雑誌のコンセプトにしました。

 「紙」にスポットを当てていますが、声高に「紙を残せ!」と叫ぶつもりもないんです。でも、紙にはそれぞれ名前があり、名前をつけた人がいたと知るだけでも、見える世界が広がると思う。「スピン/spin」を通じて、読者の視野が少しだけ広がってくれることを願っています。

――内容を見ると、連載小説、短編小説、ショートショート、エッセイ、書評というのは普通ですけど、さらに往復書簡があり詩歌や歌詞に関する話があり、表紙にも「ことば」が印刷されている。いろいろなタイプの文章を載せようとする姿勢をひしひしと感じます。

尾形:160頁の雑誌です。もう少し増える可能性はありますけど、基本的にこのボリュームのなかでなにができるか、その決まった紙幅があるからこそ、1ページ1ページを大切にしていける気もしています。同時に、もっともっと動きのある雑誌にしたいと思っています。

――特集企画には積極的でないそうですが、4号には少女小説の小特集がありましたよね。

尾形:特集についてはこれもやはり、紙幅の問題が大きいですね。さらに正直なことを言えば、特集って面白い反面、めちゃくちゃ大変なんです。毎号、何かしらの特集を組んでいる今の「文藝」には、本当に頭が下がります。ただ、「スピン/spin」を立ち上げる際に、筑摩書房の「ちくま」、新潮社の「波」、朝日新聞出版の「一冊の本」、集英社の「青春と読書」など出版社のPR誌が念頭にあったんです。だから、PR的な特集をやりたい、という希望があれば、(小特集にはなりますが)いつでも歓迎します。3号の「小特集 絲山秋子 デビュー20周年」も4号の「小特集 少女小説」も、8~10ページながら、充実した誌面になったと思います(ちなみに僕が担当したわけではありません)。

――140周年記念で紙の商社・竹尾とコラボと知った時、僕もPR誌的なものかと想像したんです。でも、現物を見ると自社本の広告はあっても、特に新刊関連の企画をやっている感じでもない。むしろ、もっとやってもいいのにと思いました。

尾形:本当にそうですよね(笑)。プロモーション的な記事は、いくらでも掲載してもいいと思っているので、そこはもっと「スピン/spin」を使ってほしいと社内のみんなにいいたい(笑)。

――インタビューや対談がほぼ載っていないんですが、それは方針なんですか。

尾形:身もふたもないことをいえば、特集同様、これもやると大変というのが正直なところです。今、僕は年に4冊の「スピン/spin」を編集しながら、年間十数冊の単行本と文庫本を担当しています。「文藝」時代は(自分で言うのもなんですが)インタビューや対談をまとめるのが得意でしたけど、手が回らない。本当は、もっともっと雑誌っぽくしたいんですけどね。

――竹尾とのコラボは、どのように始まったんですか。

尾形:雑誌って毎号全部、表紙の紙が同じじゃないですか。「スピン/spin」を企画する時、「紙の雑誌」ならではの「なにか」がないだろうかと悩んでいて、ふと、同じ紙でないといけない決まりがあるのかと営業に聞いたら「べつにないと思う」という答えだった。だったら全号変えたらどうだろうと思ったんです。単行本を作る時、デザイナーから紙の指定をもらうのですが、ある時期から製作部にそれを提出すると「もうその紙は廃版になった」と聞くようになりました。よく使っていた紙も、生産中止になっていたりする。そんな廃版(現在庫限り)の紙などをうまく使って特徴づけができないだろうかと製作担当に相談したら、「それなら竹尾でしょう!」と同社につないでくれました。

 現在「スピン/spin」では、廃版(現在庫限り)の紙だけに限らず、表紙と目次の紙は毎号、違う紙を使っています。1つの特徴になるし、最終的には紙のサンプルにもなる。12月発売の第6号の表紙と目次の紙も、ちょっと驚く紙なので楽しみにしていてください。

――紙関連の取材記事が入っているのも興味深いですね。

尾形: 5号では、グラフィックデザイナーの原研哉さんに「竹尾ペーパーショウ」(同社による紙の展覧会)について語っていただきました。これは珍しくインタビューでしたね。第6号ではそのペーパーショウを巡るエッセイを、3人の書き手の方よりいただいております。

――紙といえば、紙の本が健常者を前提にしており、障碍者にとって読書が困難であることを批判して注目された市川沙央氏の『ハンチバック』に対し、文藝春秋デザイン部の大久保明子氏が、同作をどのように感じ、どのように装丁したかが5号で書かれていたのが印象的でした(「本の話 第五回」)。

尾形:大久保さんにご依頼した時、あのようなエッセイをいただけると思っていたわけではないのですが、大変興味深かったです。市川さんの言葉は僕の視野を広くしましたし、大久保さんのエッセイはヒリヒリしたものを感じました。

■雑誌自体が、忙しない日常にふと挟まる栞であるといい

――各社のPR誌を意識したという話がありましたけど、その種の媒体でウェブへ移行した例も多い。ウェブと紙の関係をどうとらえていますか。

尾形:僕は小説はウェブで読みませんが、漫画はけっこう読んでいます。ただ、ウェブは、ある作家を目指して読んだ時、横に並んでいるものまでなかなかクリックしてもらうのは難しい気がしています(偏見かもしれませんが)。雑誌や新聞は目的の記事を読みながらも、横にある名前や文章が視界に入ってきますよね。そしてその記事にちょっとでも興味があったら読むじゃないですか。「スピン/spin」の表紙に掲載者の名前をあいうえお順・同級数(同じ大きさ)で載せているのも、たとえば創刊号なら皆川博子さんと斉藤壮馬さんの名があって、片方のファンがもう片方に触れるとか、そういう面白さが雑誌にはある。そこはまだ戦える部分かなという気はします。

 また、表紙に「ことば」を掲載することしたのは、机の上に雑誌がモノとして置いてあったら、自然と目に入りますよね。つまり雑誌自体が、忙しない日常にふと挟まる栞であるといいな、と思ったんです。最果タヒさんが以前Twitter(X)で、「街や日常のシーンに突然詩が現れるとき、不意に出会うその言葉は、より生々しく読む人の中に流れ込むのではないかと思います。」と書かれていたことを目にして、その意識もあったのだと思います。

 ちなみに「スピン/spin」はWEBページもあります。本誌で連載中の最果タヒさんの「ときには恋への招待状――詩人からさまざまな方へ、宝塚公演へのおさそいの記録。」のWEB版を公開するなど、少しずつ充実させて行きたいと思っているので、ぜひご注目いただければと思います。

――表紙の「ことば」は、尾崎世界観氏、町田康氏など歌詞や詩といった短い「ことば」のプロばかりでなく、中村文則氏も書いている。小説家の場合、プレッシャーがあるかも。

尾形:いえいえ(笑)。皆さん「ことば」のプロであられるので、毎回、どんな「ことば」をいただけるか楽しみでなりません。今後は、もっと様々なジャンルの表現者の「ことば」を届けたいと思っています。

 話は変わりますが、プレッシャーでいえば、5号で大久保明子さんが『ハンチバック』の装幀秘話を書いた「本の話」という企画は毎回デザイナーの方にお願いしているんですが、みんな違った形式で書いてきているんです。なんか見えないライバル意識みたいなものが、活字に出ている気がします(笑)。

――雑誌の場合、誰かと並ぶと見え方が変わることもありますから。

尾形:やはり意識しますよね。並び順でいえば、「スピン/spin」は表紙の執筆者の名前だけでなく、目次も掲載作を全部同じ大きさの文字にしているんです。実は「文藝」の時も同じことをやっていて、SN Sで「編集権を放棄していると」厳しい意見もあった。雑誌って、「今号の注目作品、注目特集はこれ!」って、表紙や目次で見せていくものですから。でも僕は、どの作品も同列に、あまり前情報なく、読者に届けたいという気持ちがあったんです。

――「スピン/spin」に関する読者や書店の反応で印象に残っていることは。

尾形:「初めて文芸誌を定期購読した」という方々が多くいたのが印象的でした。文芸誌とうたっていないながらも、やはり読者には文芸誌に見えているようですね。あと、創刊時に、思いのほか、書店のSNSの反響が大きかったのが嬉しかったです。

――330円という定価も安い。

尾形:値段についての読者の反応も印象的でした。正直、もう少し高くてもいいと思ったんですが、月刊のPR誌って1冊が100円や150円でしょう。それに対して「スピン/spin」は季刊ですから、3ヵ月分として300円だよねというのが、営業部にあったようです。実際、その値段のおかげで、ふだん文芸誌を手にとらない人が読むきっかけになっているのなら、嬉しいですね。

――いわゆる5大文芸誌の規模ではない、こじんまりした雑誌という意味では、最近だと佐々木敦氏が編集長の「ことばと」など何誌か出ていますが、それらは意識していますか。

尾形:もちろんです。「ことばと」(書肆侃侃房)の特集や新人賞は注目していますし、双子のライオン堂の「しししし」にも刺激を受けています。ミシマ社の「ちゃぶ台」はページをめくりながら、内容はもちろん、なんて大変な台割を切っているのだろうと、ちょっと唖然とします(笑)。

 商業誌に限らず、ここ最近、いわゆる同人誌(個人雑誌/ZINE)が注目されていますが、「スピン/spin」創刊準備時にはずいぶん手にしました。それぞれ作り手の熱意が溢れていて面白いのですが、僕にはそういう趣味性はないし、雑誌の編集長をやっていましたけど、カルチャー誌の編集者ではなく、ただただ小説が好きな編集者なんです。サブカルや時代を意識はしますけど、むしろそちら側に寄らないものにしたい。棲み分けとしても、ある意味ストイックな方がいいのかなという気がしています。

――これまで5号を刊行したわけですが、今後はどのように展開していくんですか。

尾形:悩んでいます。同じことをやっていても、読者はもちろん、自分自身もたぶん飽きてくる。雑誌内で変化はつけていきたいと思っているのと同時に、別案としては、「スピン/spin」の「スピンオフ」を作りたいな、とは思っています。「スピン/spin」はオールジャンルなわけですが、たとえばそれは、ジャンルで区切って編集してもいいかもしれません。

 2026年6月に「スピン/spin」は完結します。同年は河出書房140周年なので、その前後にこの雑誌から生まれた単行本を10冊から15冊くらい出したい。連載小説がうまく着地してくれればと思っています。僕自身が当たりたい書き手もたくさんいますが、一方で、できれば僕が知らない作家がもっと載る雑誌にしたいですね。僕は最低限のコントロールだけして、社内の編集者が「この作家だけは、ぜひ、このチャンスに仕事をしたいんだ」という作品がどんどん載る「場」となれば、さらに面白い雑誌になるんじゃないでしょうか。さらにジャンルを超えた書き手のプラットフォームのような媒体を目指したく思います。ご期待ください。

(円堂都司昭)

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