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「僕は輪廻転生を信じています」 開催中の「横尾忠則 寒山百得展」をもっと楽しむ2冊

BOOKウォッチ

時々、死んだふり(ポプラ社)

 2023年12月3日までの期間、上野の東京国立博物館・表慶館で「横尾忠則 寒山百得展」が開催中だ。中国・唐の時代にいたとされる2人の僧「寒山(かんざん)」と「拾得(じっとく)」をモチーフとした完全新作展。102点という作品数にちなんで、タイトルは「拾(十)」を「百」に置き換えている。

 寒山と拾得は仏教の教えに深く通じながら、山奥でぼろを着て遊び暮らし、「風狂」と言われた。中国・日本の美術では伝統的なモチーフで、寒山は巻物、拾得は箒を持った姿で描かれる。横尾さんは大胆にも寒山にトイレットペーパーを持たせ、いくつかの作品には便器まで登場させた。

 この展示に合わせて、「死」にまつわる横尾さんのエッセイが2冊発売された。『時々、死んだふり』(ポプラ社)と『死後を生きる生き方』(集英社)だ。

 というのも、寒山百得シリーズの制作中だった2022年7月、横尾さんは急性心筋梗塞で倒れた。この「死にかけた」経験を通して、自身の生と死をどうとらえたのか。それがどう作品に表れているのか。『時々、死んだふり』ではより実体験に即して、『死後を生きる生き方』ではより抽象的に、独自の死生観を語っている。

「死んだふり」で生き延びる

 『時々、死んだふり』の冒頭では、心筋梗塞の体験が詳しく語られている。いわく、「僕の人生で最大級」の痛み。朝トイレから出たところで倒れ、何が起こっているのかよくわからないまま搬送されて緊急手術へ。無事生還し、2、3日は入院するよう言われたのに、コロナ禍で家族との面会もできない状況に耐えかねて看護師ともめた挙句、1日で帰宅してしまった。

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 2週間は絵画制作にドクターストップがかかり、やっと迎えた15日目、我慢が爆発して100号(縦162cm)の作品を3点も描き上げた。どれも寒山拾得シリーズだ。

『時々、死んだふり』横尾忠則 著(ポプラ社)

 心筋梗塞になった時は、「この痛みから逃れるためなら死んでもかまわない」と思っていたほど死への恐怖心がなかったという。もともと輪廻転生を信じていて、「死は一つの区切りにすぎない」ととらえているため、病気で人生観が変わるということもなかったそうだ。

 横尾さんは、30歳のときに偽の死亡広告を出して葬儀をおこなったり、初めての作品集を『横尾忠則遺作集』と名づけたりと、長きにわたって「死」にまつわる作品をたくさん発表してきた。死に対して、恐れるよりもむしろ親しみを抱いてきたようだ。

 本書では、生物が天敵に襲われづらくするための死んだふり(フリーズ)行動になぞらえ、作品を通して「死んだふり」をしているのではと自己分析している。次作まで生き延びる手段なのでは、ということだ。それも真剣な死ではなく、遊びの「死んだふり」であり、どこか不真面目でないといけないという。死亡広告の文言も「老衰のために三十歳の天寿を全うし」というジョークだった。

 「寒山拾得も『死んだふり』をしていたのでは」というのが横尾さんの見方だ。2人は生者の世界の執着を捨てているから、生者のしがらみに縛られている人から見ると「アホ」のように見える。この何にもとらわれないあるがままの姿が、横尾さんの理想であり、「精神的アイドル」だ。

僕は全ての人の中に寒山拾得がいると思います。けれどもそれを表に出したら、それが暴れ出して社会生活ができなくなる可能性がある。だからみんなそれを抑えている。それなら僕は絵の中で、寒山拾得を暴れさせてみようと考えました。
(『時々、死んだふり』本文より)

 横尾さんの寒山拾得は、魔法のじゅうたんに乗ったり、ドン・キホーテになってみたり、スポーツ大会に出たりとやりたい放題。美術の伝統にもとらわれない、全く新しい姿を見せてくれる。

絵を描くことは「魂との対峙」

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