
神木隆之介主演の連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合)が最終回を迎えた。モデルとなった植物学者・牧野富太郎の人生をただなぞるだけではなく、ただひたすら植物を愛し、追いかけてきた槙野万太郎(神木隆之介)の壮大な冒険物語として再構築した同作。その道すがら出会う冒険者たちも色とりどりの草花に負けず劣らず魅力的で、丈之助(山脇辰哉)の演劇論で言うところの“幻”になってしまうのが実に寂しい。一方で、視聴者が喪失感に浸る間もなく、週明けには次の物語が幕を開けるのが朝ドラの良いところ。10月2日からは、趣里がヒロインを務める『ブギウギ』が早速スタートする。
参考:『ブギウギ』趣里の歌声と笑顔が日本を元気に “ズキズキワクワク”な朝ドラの幕開け
本作は、「ブギの女王」と呼ばれた昭和の大スター・笠置シヅ子をモデルにしたオリジナルストーリー。今なお愛され続ける「東京ブギウギ」や「買物ブギー」など数々の名曲とともに、歌に踊りに向き合いながら、大正から昭和へ激動の時代を駆け抜けたヒロイン・花田鈴子(趣里)の笑顔を届ける。おそらく多くの人が最も楽しみにしているのは、趣里の歌声だろう。趣里は鈴子が披露する劇中歌はもちろんのこと、中納良恵(EGO-WRAPPIN’)、さかいゆうと共に主題歌も担当する。
近年の朝ドラは歌と、切っても切り離せない密接な関係だ。特に顕著だったのが、宮藤官九郎が脚本や劇中歌の歌詞を手がけた『あまちゃん』。同作でヒロイン・アキ(能年玲奈・現のん)の母である春子を演じた小泉今日子が歌った劇中歌「潮騒のメモリー」は実際にシングルとしてリリースされ、初週7.8万枚を売り上げる大ヒットとなった。春子はかつてアイドルで、音痴な大女優・鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)の影武者を引き受けたという設定。しかし、最終週では鈴鹿が音痴を克服し、実際は圧倒的な歌唱力を持つ薬師丸が同曲を披露する場面は多くの感動を呼んだ。アキとその親友・ユイ(橋本愛)によるアイドルユニット“潮騒のメモリーズ”からはじまり、小泉、薬師丸が歌いつないでいく『第64回紅白歌合戦』でのパフォーマンスも印象深い。番組ではアキが所属したアイドルグループ“アメ横女学園芸能コース”の曲「暦の上ではディセンバー」もスペシャルビッグバンドの演奏と共に披露され、お茶の間は大盛り上がりとなった。東日本大震災前後の東京と北三陸を舞台にした同作。大いに笑って、大いに泣けるストーリーとともに、キャストたちが歌う劇中歌は日本の復興の道を照らしたのである。
薬師丸といえば、『エール』で彼女が披露した賛美歌「うるわしの白百合」についても触れざるを得ない。作曲家・古関裕而をモデルにした同作では、主人公である裕一(窪田正孝)の妻・音を演じた二階堂ふみをはじめ、山崎育三郎、小南満佑子、古川雄大ら、実に多くのキャストが劇中で歌唱を披露した。中でも圧巻の歌声で視聴者の心を揺さぶったのは音の母・光子に扮した薬師丸。終戦を迎えたその日、空襲で焼けた瓦礫の中で光子が賛美歌を歌うシーンは薬師丸本人の案によるものだったそう。戦争で失われた命を弔うとともに、日本の再起を願う力強さも感じさせるその歌声に心打たれた人も多いことだろう。また『エール』は本編ではなく、特別編としてキャスト総出演によるコンサートでフィナーレを飾ったことでも話題に。劇中では歌唱シーンがなかった堀内敬子や吉原光夫も見事な歌声を響かせ、まるで『紅白歌合戦』のような豪華さだった。
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高畑充希や上白石萌歌など、俳優業と音楽活動を並行するキャストが劇中歌を披露することも多い朝ドラ。『ごちそうさん』で、ヒロインが嫁いだ西門家の末っ子・希子を演じた高畑は脚本家・森下佳子たっての希望により「焼氷有りマスの唄」を歌うことに。 それはミュージカル女優としてキャリアをスタートさせた彼女の歌唱力を広めるきっかけとなった。上白石は『ちむどんどん』でヒロインの妹・歌子として沖縄民謡の「芭蕉布」や、父・賢三役の大森南朋と共に童謡「椰子の実」を歌唱している。猛特訓の末にマスターした三線を弾きながら、彼女の持ち味である透明感のある伸びやかな歌声を届けた。
あまり知られてはいないが、デビュー当初は別の芸名でアイドル歌手としても活躍していた深津絵里が『カムカムエヴリバディ』で歌ったのは“サッチモ”こと、ルイ・アームストロングの「On the Sunny Side of the Street(明るい表通り)」だ。同曲は「ひなたの道を歩けば、きっと人生は輝く」というメッセージを届けるこの物語の象徴であり、朝ドラ史上初となる3人のヒロインをつなぐ重要な役割を持っている。それを2代目ヒロイン・るい役を演じた深津が歌うのは意外ではあるが、必然だったと言えるだろう。歌唱力はもちろんのこと、失恋した娘のひなた(川栄李奈)を慰める時と、母・安子(森山良子)と50年越しに再会した時とではまた聴こえ方が変わってくる芝居の延長線上にある歌声に胸を打たれた。
どんな時代や状況下においても人々の心を心を癒し慰める音楽の力を信じて、こうした劇中歌を届けてきた朝ドラ。戦後から間もない1947年に発表された笠置シヅ子の代表作「東京ブギウギ」も底抜けに明るいメロディで日本を活気づけ、復興を象徴する流行歌となった。鈴子を演じる趣里はその少しハスキーな声質が印象的で、聴けばすぐに分かる個性を持っている。クラシックバレエを下地に鍛え上げてきた身体表現力とともに披露するパフォーマンスでお茶の間を元気にしてほしい。
(文=苫とり子)