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2023年9月に、リニュアルオープン クラシカルな昭和の洋館(Villa ASO)が、まるでイタリアのフィレンツェに誘われるように。 代官山のイタリアンレストラン「リストランテASO」&カフェ・ミケランジェロ。

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さて、道を隔てると、これらの都市空間に加えて、美しい中世風の景観をみせているのが、これからご紹介する昭和時代のクラシカルな洋館(Villa ASO)です。

(「カフェ・ミケランジェロ」の入り口とテラス席)

そこには、中世風の洋風の建物が、旧山手通りのランドマークとして、燦然と輝いています。

その輝きは、イタリアルネサンスの中心であるフィレンツェの街を彩る、オレンジ色の瓦屋根を思い起こさせてやみません。

まことに、ここ「リストランテASO」と「カフェ・ミケランジェロ」は、フィレンツェでの休日を再現させるような、ゆったりとした移動祝祭日の時間がながれています。

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(フィレンツェの「花の聖母子大聖堂」の絵に囲まれた空間)

イタリアのローマからフィレンツェへの鉄道の旅。

目的地には、フィレンツェの街をアルノ川が流れています。

丘のミケランジェロ広場から、オレンジ色の瓦屋根がみえませんか。

あそこにみえるのが、サンタ・マリア・デル・フィオーレ・花の聖母子大聖堂のクーポラです。

ミケランジェロは、何度もフィレンツェとローマを行ったり来たりしています。そうして、フィレンツェの「ダヴィデ像」もローマの「システィーナ礼拝堂の天井」も制作したのです。

(高級な食事とかたらいの時の空間)

ローマからフィレンツェまでは、高速鉄道に乗って三時間ほどかかります。

とはいっても、はじめてのフィレンツェへの電車の旅でした。

ローマの駅では、どこの路線にフィレンツェからヴェネツィアに行く電車が入線してくるのかわからないのです。心配になって、前日の同じ時刻にカフェでようすをうかがいながら、やってくる電車の到着を待っていました。むかって左手の番線に列車は到着したのです。そこで、時間と番線をメモして、当日の市内観光をはじめました。

次の日、同じように早めに支度をして、荷物を足元の脇に寄せながら、同じカフェで時間を潰して、列車を待っていました。

ところが、ところが、です。

いつまで経っても、電車は、やってこないのです。

(1Fから2Fへの螺旋階段を登ると、天井にはフレスコ画がみえる。)

出発の時間が迫っている。

日本の電車の時間感覚とは違うとは聞いていたものの、困ったことになってしまった。

大きな荷物を抱えながら、あたりをみまわしながら、思案していたのです。

すると、ずうっと右手の引き込み線の番線に列車が到着しているようだ。

思わず駆け出すと、息咳してその列車の近くまで急いだのです。確かに、行き先と出発時間が符合する。さらに車掌に確認を取ると、フィレンツェ行きの列車であることがわかりました。こうして、やっとのことで列車に乗り込むことができたのです。

長距離列車の車内は、海水浴風の若者たちで混雑していました。

バカンスで、ヴェネツィアに行くのでしょうか。

(フィレンツェでは、都市計画によって、建物の色と瓦の色、高さなどが制限されている。そんな色彩を思い出させる空間)

列車は、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に着きました。

ロマネスク美術のファサードをもつサンタ・マリア・ノヴェッラ教会が、東をむいて、眼の前にあります。

そのむこうには、昼の光を浴びたドゥオーモが聳え立っていました。大聖堂は、別名、ドゥオーモと呼ばれますが、正式には、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂です。フィレンツェ市民には、花の聖母子大聖堂として愛されています。

城壁に囲まれた都市、フィレンツェを代表する大聖堂です。

(2Fには、三つの個室が、記念日やイベントなどのさまざまな会食に利用されています。)

そこからすこし離れた東側のはずれには、サンタ・クローチェの広場と教会が西側にむかって建てられています。西のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会は、ドミニコ会の教会ですが、東のサンタ・クローチェ教会は、フランチェスコ会の教会です。

このふたつの教会は、ドゥオーモとオレンジ色の瓦屋根をもつ街を挟んで、むかいあって建てられていました。

(2FのPrivate Rooms は、個室Aが6席・Bが12席・Cが20席の親しい仲間との空間)

広場には、ダンテ・アリギエーリ像が建っていました。

サンタ・クローチェ教会には、フィレンツェに生まれ、活躍した多くの芸術家や偉人たちが眠っています。

ミケランジェロの墓がある。ニッコロ・マキアヴェリの墓がある。ガリレオ・ガリレイの墓がある。そしてダンテの記念碑があるのです。

ミケランジェロは、十三歳でフィレンツェのギルランダイオの工房で修行をはじめました。フィレンツェでは、メディチ家の礼拝堂の設計と墓碑の制作にあたり傑作を残してはいますが、亡くなったのはローマの地でした。生前からの希望で、八十八歳で亡くなった遺体は、この寺に移されています。その墓を製作したのは、弟子のヴァザーリです。

そこには、ヴァザーリの作品がありました。石棺の周りには、三人のミューズがいます。それぞれが、「絵画」「彫刻」「建築」をアレゴリーとするミューズたちです。偉大な芸術家の死を悼む、そんな姿に制作されています。

ピエタを支えるのはミケランジェロ自身といわれた「ロンダニーニのピエタ」は、本当は自分の墓の上に置く予定だったといわれています。

(「静物画」が、食事を招く空間)

街の中央の南側をアルノ川が流れています。カヌーを漕いで、川の流れをあめんぼうのようにすべっていく市民の姿もみえます。アルノ川には、五本の橋がかかっていました。

ミケランジェロのスケッチから設計された、フィレンツェで最も美しい橋が、サンタ・トリニタ橋です。ここで、ダンテとペアトリーチェが初めて出会ったのです。

しかし、最も知られている橋は、なんといっても、ポンテ・ヴェッキヨとよばれるヴェッキヨ橋です。ヴェッキヨ宮殿やウフィッツィ美術館とピッティ宮殿を結ぶ橋です。この橋には、かつては肉屋などが軒を連ねていましたが、現在は、革製品や銀製品などの宝飾類を売る店がひしめいています。

橋は、二階が回廊になっていて、美術品が置かれています。わずかな人しか入れない、特別なツアーも組まれる人気の橋です。

川の南側の丘には、ミケランジェロ広場がありました。そこには、オレンジ色の瓦屋根が見下ろせる絶好の場所があります。

夕暮れ時には、山沿いのサン・ミニアート・アル・モンテ教会から広場までの道を散策しながら、アルノ川に照る赤い夕陽が眩しいのです。

(オレンジ色の煉瓦色が、緑の木陰に染まる)

(窓の外の静寂とテーブルの賑わい)

料理は、総料理長の髙階琢を中心とした、ランチメニュー、ディナーメニュー、シェフおすすめコースなど、美意識を持った五感で楽しめる本格的なイタリア料理です。

(ブラックの名作が何点も掲げられている)

(特性のプレートとワイングラス)

(フレスコ画の皿に雲母ジェラートのシュー)

結婚式場としてのチャペルと披露宴や宴会のできるスペースもあります。

(1FSalon 80席の煉瓦色の暖炉を中心とした披露宴やパーティ会場)

1F Chapel 80席の緑に覆われたガーデンチャペル)

(店内から通じている中庭は、「パティオ」のような空間です。)

(店内から通じている中庭は、「パティオ」のような空間です。)

(「カフェ・ミケランジェロ」の内景)

(おもてなしのカフェ76席のにぎわい)

山本陽平料理長を中心とする

カフェ・ミケランジェロの昼間は、木漏れ日が差し込む王道の「カフェ」。

 夜は、ワインを片手に本格的な食事もできる「夜カフェ」。

 前菜やパスタ、イタリアで生まれた新スタイルの”重くない”ピッツァ「ピンサ・ロマーナ」。

 コーヒーと各種のお飲み物が楽しめます。

(スパゲッティ ノルマ 茄子とバジリコ)

(ピンサ・ロマーナ「ロッサとビアンカ」)

2000年代に入ると、若者を中心にした移動祝祭日が、青山や原宿とともに、この代官山にやってきました。

 その文化の中心にあるひとつは、イタリアンレストランとヨーロピアンスタイルのカフェでした。

 この街の風景は、こうしていつも変わらずに、多くのひとをむかえています。

(本日は、前菜とシャンパンで・・・。)

(室内は、アンティークな風合いの家具と照明)

(代官山の非日常のおもてなし空間)

ご案内 

リストランテASO

東京都渋谷区猿楽町29-3

LUNCH- 12:00〜15:30 (13:30 L.O.)

DINNER- 18:00〜22:30(20:00 L.O.)

定 休 日-
毎週水曜日(祝日の場合は翌日に振替)

カフェ・ミケランジェロ

東京都渋谷区猿楽町29-3

営業時間-
平日11:00
〜22:00 (21:15 L.O.) /
土日祝日10:30
~22:00 (21:15 L.O.)

※15:00~17:30は、デザート・パン・ドリンクのみのカフェ営業となります。

定 休 日-
水曜日(祝日の場合は翌日に振替)

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