「数え切れないくらいいました。お客さんの半分くらいは、知っている顔じゃないかっていうくらいで!」
どれくらいの数の友人や関係者が、今日の試合を見に来たのか――?
会見でそう問われた時、それまでのやや厳しかった表情は一転し、溶けるような笑顔で声を弾ませた。
9月10~17日に大阪市の靭テニスセンターで開催された“木下グループジャパンオープン女子”は、WTAツアーとITF車いすテニスが共催された、記念すべき世界初の大会である。冒頭に記したのは、その初代女王に輝いた上地結衣の言葉。兵庫県出身の上地にとって、関西地方での優勝は“故郷に錦を飾る”とも言える戴冠だった。
大会はITF(国際テニス協会)仕切りの国際大会ではあるが、ニューヨーク開催の全米オープン翌週という厳しいスケジュールのため、海外勢の参戦はなし。断トツの第1シードに座した上地にとっては、目標は優勝というよりも、いかに幼少期から支えてくれた人たちに良いプレーを見せるか、そして、車いすテニスの魅力を日本の観客に示すか……にあったかもしれない。
だからこそ、6-1、6-2の快勝にも関わらず、試合後の上地は自分に厳しい。
「試合の内容としては、たくさんのお客さんに来て頂けただけに良いプレーしたかったですけれども、田中選手もおっしゃったように、今の車いすテニスの良いパフォーマンスを見せられたかというと、自分としてはハテナな部分が正直ある」
それが会見で発した、決勝を振り返っての最初の言葉だった。
その思いは、上地と決勝を戦った田中にしても同じ。決勝戦後、オンコートで彼女が流した涙は、敗戦の悔しさよりも、足を運んだ人々に自身のベストパフォーマンスを見せられなかった悔いにあった。
得意のスライスを用いた緩急が武器の田中から、その柔軟さを削いだ要因は、外ならぬその強い思い入れだったかもしれない。
「今回はあえて、色んな人に大会告知をした」と言い、実際に家族やSNSフォロワーも見に来ていたという田中は、その理由を次のように明かす。
「見られた時に緊張するのは、わかっていること。そのシチュエーションをあえて作り出すことによって、自分が緊張した中でどのようなプレーができるか。良いプレーはもちろん見せたいですけど、それ以上に、テニスに執着して勝つ姿を見せたかった」
流した涙の内訳は、そのような葛藤にあった。 WTAとの共催による観客の増加は、選手たちのモチベーションを上げ、日ごろの海外遠征等とはまた異なる緊張感や使命感を各々の心に植え付けた。
加えて、日ごろはあまり接する機会のない一般の選手たちとの交流も、一つの利点だったようだ。
田中とペアを組みダブルスを制した筑波大学出身の船水梓緒里は、こんなエピソードを明かしてくれた。
「筑波大では、本玉(真唯)選手は“フィジカルモンスターだ”として有名だったんです。一つ上の先輩に、子どもの頃に本玉さんと同じテニスクラブに通っていた方がいて、その先輩から常に、本玉さんのフィジカルはすごいと聞いていたんです」
果たして、今大会で実際に試合前の本玉の姿を見て、船水は驚いたという。
「ジムで、本玉さんの朝のアップを見ていたのですが、めちゃくちゃウェイトしていて。これから試合なのに、あんなに下半身にプレッシャーかけてやるんだと驚きました。車いすテニスではそこまで試合前にやることもないし、だからこそ本玉さんは強いんだなというのも、間近で見て感じました」
今大会の本玉は、シングルスでベスト4進出。このような目からの情報を取り入れ、互いに刺激を受けられるのも、共催が生むかけがえのないケミカルだ。
女子ジャパンオープンの開催は、コロナ禍を挟み今回が4年ぶり。それも靭テニスセンターで行われるのは9年ぶりとあり、知名度や浸透度が十分でなかった感は否めない。
ただその価値は、参戦選手や会場に足を運んだファンたちは、確かに実感しただろう。優勝してなお不本意そうだった上地の表情が、そして準優勝で流した田中の涙が、今後の日本テニス界の進路を指す道標となるはずだ。
取材・文●内田暁
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2023年9月24日