
中村倫也主演のドラマ『ハヤブサ消防団』(テレビ朝日系)の最終回放送から1週間が経過した。きっとまだ“ハヤブサロス”から立ち直れておらず、Blu-ray&DVDの発売日(2024年1月26日)を待ち望んでいるという視聴者が多いのではないだろうか。筆者もまた、その一人である。それほどまでに多くの人を沼にハマらせた本作の魅力を改めて振り返りたい。
原作は、『半沢直樹』(TBS系)シリーズや『下町ロケット』(TBS系)など数多くの作品が映像化され、ヒットを飛ばす作家・池井戸潤初の“田園ミステリ”として話題となった同名小説。スランプ気味の作家・三馬太郎(中村倫也)が移住先の長閑な田舎で消防団に加入後、連続放火事件や住民の不審死に巻き込まれていくストーリーだ。
池井戸の出身地がモデルになったという“ハヤブサ地区”のように、山間部を舞台にした物語では、どこか人知を超えた不可解な事件が起こりやすいのは他の記事でも指摘した(※1)。閉鎖空間ならではの逃げ場がない状況を活かしたホラーテイストのミステリーは他にもたくさんあり、それ自体に目新しさはない。
だが、本作はそこに時代性を反映したところに面白さがあった。特にタイムリーだったのは、新興宗教の問題が描かれていたこと。2022年7月の安倍元首相銃撃事件をきっかけに、政界と宗教との癒着や、宗教二世と呼ばれる存在とその苦悩が世間で大きく取り沙汰されるようになったのは周知のとおり。原作小説の連載は事件よりも前に終了していたが、飴と鞭の使い分けによる洗脳や、排他的思想がもたらす犯罪など、一部の宗教団体に孕む危険性をリアリティ溢れる描写で映し出した。さらには、寺の檀家の減少や持て余した土地に設置した太陽光パネルによる景観悪化など、過疎化に揺れる地方の実情も絡めながら、上質なミステリーに仕上げた池井戸の手腕が光る。
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それを映像化にあたり、大胆にコメディや恋愛要素も加えて血湧き肉躍るエンターテインメント作品として再構築したのがこのドラマの最大の魅力だ。太郎が映像ディレクターの彩(川口春奈)と距離を縮めていく場面や、ハヤブサ分団の軽妙なかけ合いだけを切り取れば、ミステリーとは思えないような“隙”が本作にはあった。だからこそ、事件の真相に迫る新たな事実が明らかになるたびに、背筋が凍るような恐怖や衝撃を味わうことができる。
そんなメリハリのある展開を作り出すことができたのは、俳優陣のジャンルを問わない演技の高さに依るところが大きい。とくにハヤブサ分団の5人を演じた満島真之介、生瀬勝久、橋本じゅん、梶原善、岡部たかしの演技力は数々のドラマや映画ですでにお墨付き。それぞれが田舎にいそうな気さくで親しみやすい住民の特徴を捉えつつ、互いに被らない個性を出しており、よくもまあこれだけの実力派を揃えたものだと感動すら覚える。消防団員の中に放火の犯人がいるかもしれないという展開になったとき、視聴者から「嘘であってほしい」「この中に裏切り者がいたらショック」という声が多数挙がっていたのも印象的だ。真っ先に怪しまれそうな立ち位置にいながら、そんなふうに視聴者の疑いの目をそらせるのは並大抵のことではない。
また、本作は主演を務めた中村の多面的な魅力を引き出した。このドラマの放送決定時に「久しぶりにリアクターとして楽しめる撮影になりそうです。その土地のさまざまな人や自然、起こる出来事、すべてに対する反応の仕方で、三馬という人が見えてくるのではないかと思います」とコメントを発表していた中村(※2)。その言葉通り、外からハヤブサに入ってきた太郎の視聴者目線に寄り添った素直な反応で起こる出来事を楽しめた一方、その反応で主人公である太郎への解像度が高まる作品になっていた。
こうした様々な要素が奇跡的に絡み合った結果、多くの人に愛される作品となった『ハヤブサ消防団』。テレビ朝日公式動画サービス・TELASA(テラサ)では、コメディに振り切ったスピンオフドラマ『恋の妄想♡消防団』が配信中なので、まだ観ていないハヤブサロスの方はぜひチェックしてほしい。
参照
※1. https://realsound.jp/movie/2023/08/post-1417677.html
※2. https://realsound.jp/movie/2023/04/post-1306596.html